祈祷
参考は、ヴァチカンとシリアの教会です。
本神殿では朝と夕べに聖徒による祈祷があり、信徒の礼拝がある。
白亜の神殿には美しい波模様の彫刻が全面に施された八角形の尖塔が建ち、この上部に設けられたバルコニーから礼拝の呼びかけ人が日に二回信徒たちに礼拝の時を告げている。
花崗岩でできた二十一本の円柱が長方形の玄関廊を構成し(柱の数はかつて大陸の危機を救った二十一名の英傑を称えてのものである)、かかる屋根は平らで、ここには主神を崇める碑文が記されていた。
玄関廊を通った先には巨大なドーム型の神殿があり、入り口から入ってすぐには聖水盤が置かれていて、信徒はここで身を清めることが義務づけられている。
天井には円形窓が設けられ、これが唯一の光源であった。
周りには五層の格間、下部にさがるほど大きい造りになっていた。
真正面に二本の紫縞のある円柱に挟まれた大壁龕があり、中央に主神の像、その左右に双頭の巨人像と二十一体の英傑たちの像が居並んでいる。
壁は滅びの竜と戦う双頭の巨人と二十一公主の活躍を描いた壁画で埋め尽くされ、暴れ狂う竜、英傑たちの鬼気迫る身振りや表情、乗り手を守りつつ飛翔する石竜の雄姿、炎上する都市と累々たる屍、逃げまどうひとびとの様子などが一連の物語絵巻となっている。
このドームを抜けると、二百本の柱が林立する礼拝堂へと続く。
礼拝堂に光源はなく、蝋燭を点した燭台が壁に均等に吊るされていた。
正面に主神像、そして聖壇、右手に説教壇があり、白大理石の床は美しく磨かれ、ここに各自持参した礼拝用の布を敷き、跪いて黙祷する。
純白の聖服聖帽、黒の眼帯を着用した聖徒たちが聖壇に列をつくる。
最後に聖徒上一位の十六名が列に加わり、中でも最上位のラザ・ダーチェスターが壇上に進むと場は静寂の極みに達した。
聖壇横に点された火が端正な横顔を幽かに照らし出す。
ラザは聖句をきり、絶妙に鍛えられた声で詠唱をはじめた。
祈祷文を口ずさむ立ち姿もまた華麗で、信徒ばかりか聖徒の中にも見惚れるものが出る始末であった。 その完璧に洗練されたラザの詠唱に、聖徒の吟唱があとに続く。
朝の礼拝がはじまった。
厳粛に、滞りなく。
神聖な空気を壊さずにそっと最後の韻が締めくくられる。
礼拝終了の合図の鐘が首都スライセンに鳴り響く。
やわらかな余韻が喧騒に溶けてゆく。
上一位十六名を先頭に聖徒が礼拝堂をあとにしようとしたそのとき、信徒の男のひとりが列に駆け寄ってさっと身を伏せた。
「聖徒最上位ラザ様に、ぜひに、お訊きしたいことがございます」
ラザは壁になって盾となる皆を身振りひとつで下がらせて、男の前に姿をあらわにした。
見事な八頭身で、すべての聖徒の見本であるかのように正しく聖服を着こなすその姿は、抜き身の剣の如く冴え冴えと美しい。
長めの明灰色の髪はゆるく結い、同じ色の眼は静と動のどちらの力も湛えている。
鋭角的な長い袖から伸びた手には白手袋が嵌められ、指先は軽く折れて、不測の事態も考慮に含めることを忘れていない。
ラザは低い声ながら切れのある声で簡潔に問い質した。
「なんです」
「近頃スライセンで石竜を見たという噂が蔓延しております。ほかにもディックランゲア王子がお忍びで二十一公主を捜しておられたとか、王城では内密に処理された連続殺害事件もあって、つまり、あの、滅びの竜が復活するのではないかって皆が――」
滅びの竜、と聞いてひとびとの間にどよめきが奔った。
不穏な気配が漂い、怯えと戸惑い、興味と緊張にみちた囁きが交わされた。
だが、ラザが口をひらくと同時にぴたりとおさまった。
「いま言えることは、噂が真実かどうかもわからないうちに大騒ぎすることもないということです。現在、王城からはなんの知らせもありません。はっきりしたことがわかり次第、間違いなくお知らせします。それまでは噂や憶測に惑わされることのないように日々の務めを全うしてください」
言って、男に祝福を与え、ラザは優美に身を翻した。
この言質は噂を煽りもせず鎮めもしなかったが、いたずらに混乱を引き起こす事態を防ぐ火消しにはなった。
城下町のスラム街が静かだったので、スライセンの住人が騒ぐのをやめ、ローテ・ゲーテ全体も落ち着きをみせた。
情報がすぐに行きわたるこの国ならではのことである。
噂はまだ生きていたが、ひとびとの関心はまもなくはじまる鎮魂祭と一ヶ月後に迫った世界会議に二分
された。
朝の表の礼拝が済み、解散と同時に、一部の聖徒はそのまま裏の礼拝に向かう。
文字が重いっ、という方は、どうぞ会話だけ。
連続投稿、かけます。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。