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千夜千夜叙事  作者: 安芸
第七話 前世
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引き裂かれそうなほど

 運命は、ときとして残酷に訪れます。

 突然降って湧いた声に、だが、カイザもリアリも驚きはなかった。

 エルジュが漆黒のいでたちで、闇にまぎれるように、すぐ近くに現れていた。


「最期の最期でリュカオーンを裏切り、置き去りにしておきながら、よくもほざくことだ。あのあと、どれほどリュカオーンが苦しみ、叫び、辛い思いをしたのか知らぬくせに。リアリ、そんな男の傍にいつまでもいるな。私のもとへ来い」

 

 差し伸べられる手。

 カイザが咄嗟にリアリの手首を掴んだ。


「行かせない」


 リアリは戸惑いした。

 カイザを見て、エルジュを見た。

 二人の姿が記憶の中のエンデュミニオンとオランジェにかぶる。

 幻影に心を揺さぶられる。

 心臓が激しく騒いで、やまない。

 リアリはエルジュに正面切った。かろうじて、口をきく。


「……私が好きなのはあんたじゃない」

「私だよ」

「違うわ」

「違わない。そもそもおまえが甦りの約束をしたのだろう? あれは再会を願ってのことだ。我ら血の繋がらぬ家族、仲間、おまえも私もその一員だ。あの別れのとき――私はおまえに望んだな? 次に会うときは一番に私を見出せと。おまえは笑って頷いた。だから私は信じたのだ。だが、おまえは私を裏切って、私の傍には生まれなかった。私は覚醒してからというもの、ずっとおまえを捜していた。そしてようやくみつけた。私は約束を果たした。名が変わり、この身体は異なるが、“力”も“気憶”も“心”もなにひとつ失っていない。おまえを一目でみつけただろう? なのに、どこが私じゃないというのだ?」


 リアリは混乱した。

 激しい動揺。

 頭が割れそうに痛んだ。

 かぶりを振る。

 エルジュは退かなかった。


「エンデュミニオンが去った朝、おまえは私の腕の中で泣きじゃくった。恨みつらみを吐いて、暴れ、どうしようもなかった。私はおまえをうまく慰めることができず、その慟哭を引き受けることもできなかった……だが、おまえの最期の願いを聞き届けることは、できた。そして私はおまえのただひとつの願いを、憶えている。忘れなかったのだ」


 あの、運命の日の朝――。

 エンデュミニオンにおいていかれた、決別の朝。

 正気を失いそうな孤独と恐怖の混乱の中で、ずっと抱きしめていてくれたのは……。

 あれは……。


「忘れられなかったのだ、おまえを愛していたから」

 

 あれは、オランジェ――。


「次に生まれ変わっても、心をくれとおまえは言った。もう一度はじめから愛してくれと、おまえが望んだのだ。だから私は、では今度こそ一番に私を見いだせと約束した。エンデュミニオンの近くではなく、この私の傍に、次こそ、いまこそ、私を……」


 リアリの脳裏をフラッシュバックが襲う。

 エルジュの言葉は正しく、誠実そのもので、筋が通っているようだったが、心の奥で、なにかが違うと叫んでいた。

 

 エルジュが闇の中で腕をひらく。

 空っぽの胸が、来てくれ、と告げていた。


「私から逃げるな。もう二度と、あんなふうに眼を逸らさないでくれ」

 

 方舟で同調連鎖の直後――思わず避けてしまった。

 傷ついた瞳。切ない声。そして漂う孤独の気配……。

 リアリは罪悪感にむしばまれた。

 だが、


「……私が好きなのはあんたじゃない」


 リアリは抑揚のない声で繰り返した。

 先程とは違い、声に動揺が含まれている。


「だけど、どうして? リュカオーンの“心”が騒ぎたてる。私の“心”は私のものなのに、私が愛しているのは――」

 

 数々の記憶の断片が氾濫して目まぐるしく展開し、一気に炸裂した。

 すべてが混沌として、意識が白濁する。

 求める答えは目の前にあるのに、それを取ることができない。

 救いを求めたとき、左右から引っ張られた。

 心がちぎれる感じがした。

 そしてそのまま失神し、リアリは闇夜を切り裂くように垂直に落下していった。


 次話は、やっとラザ登場。

 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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