引き裂かれそうなほど
運命は、ときとして残酷に訪れます。
突然降って湧いた声に、だが、カイザもリアリも驚きはなかった。
エルジュが漆黒のいでたちで、闇にまぎれるように、すぐ近くに現れていた。
「最期の最期でリュカオーンを裏切り、置き去りにしておきながら、よくもほざくことだ。あのあと、どれほどリュカオーンが苦しみ、叫び、辛い思いをしたのか知らぬくせに。リアリ、そんな男の傍にいつまでもいるな。私のもとへ来い」
差し伸べられる手。
カイザが咄嗟にリアリの手首を掴んだ。
「行かせない」
リアリは戸惑いした。
カイザを見て、エルジュを見た。
二人の姿が記憶の中のエンデュミニオンとオランジェにかぶる。
幻影に心を揺さぶられる。
心臓が激しく騒いで、やまない。
リアリはエルジュに正面切った。かろうじて、口をきく。
「……私が好きなのはあんたじゃない」
「私だよ」
「違うわ」
「違わない。そもそもおまえが甦りの約束をしたのだろう? あれは再会を願ってのことだ。我ら血の繋がらぬ家族、仲間、おまえも私もその一員だ。あの別れのとき――私はおまえに望んだな? 次に会うときは一番に私を見出せと。おまえは笑って頷いた。だから私は信じたのだ。だが、おまえは私を裏切って、私の傍には生まれなかった。私は覚醒してからというもの、ずっとおまえを捜していた。そしてようやくみつけた。私は約束を果たした。名が変わり、この身体は異なるが、“力”も“気憶”も“心”もなにひとつ失っていない。おまえを一目でみつけただろう? なのに、どこが私じゃないというのだ?」
リアリは混乱した。
激しい動揺。
頭が割れそうに痛んだ。
かぶりを振る。
エルジュは退かなかった。
「エンデュミニオンが去った朝、おまえは私の腕の中で泣きじゃくった。恨みつらみを吐いて、暴れ、どうしようもなかった。私はおまえをうまく慰めることができず、その慟哭を引き受けることもできなかった……だが、おまえの最期の願いを聞き届けることは、できた。そして私はおまえのただひとつの願いを、憶えている。忘れなかったのだ」
あの、運命の日の朝――。
エンデュミニオンにおいていかれた、決別の朝。
正気を失いそうな孤独と恐怖の混乱の中で、ずっと抱きしめていてくれたのは……。
あれは……。
「忘れられなかったのだ、おまえを愛していたから」
あれは、オランジェ――。
「次に生まれ変わっても、心をくれとおまえは言った。もう一度はじめから愛してくれと、おまえが望んだのだ。だから私は、では今度こそ一番に私を見いだせと約束した。エンデュミニオンの近くではなく、この私の傍に、次こそ、いまこそ、私を……」
リアリの脳裏をフラッシュバックが襲う。
エルジュの言葉は正しく、誠実そのもので、筋が通っているようだったが、心の奥で、なにかが違うと叫んでいた。
エルジュが闇の中で腕をひらく。
空っぽの胸が、来てくれ、と告げていた。
「私から逃げるな。もう二度と、あんなふうに眼を逸らさないでくれ」
方舟で同調連鎖の直後――思わず避けてしまった。
傷ついた瞳。切ない声。そして漂う孤独の気配……。
リアリは罪悪感にむしばまれた。
だが、
「……私が好きなのはあんたじゃない」
リアリは抑揚のない声で繰り返した。
先程とは違い、声に動揺が含まれている。
「だけど、どうして? リュカオーンの“心”が騒ぎたてる。私の“心”は私のものなのに、私が愛しているのは――」
数々の記憶の断片が氾濫して目まぐるしく展開し、一気に炸裂した。
すべてが混沌として、意識が白濁する。
求める答えは目の前にあるのに、それを取ることができない。
救いを求めたとき、左右から引っ張られた。
心がちぎれる感じがした。
そしてそのまま失神し、リアリは闇夜を切り裂くように垂直に落下していった。
次話は、やっとラザ登場。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。