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千夜千夜叙事  作者: 安芸
第七話 前世
55/130

二人で一人  一人で二人

前話から場面が続いています。

 一瞬後、二人は月光を浴びていた。

 遥か下に造船所の明かりが見える。

 真夜中だが、ローテ・ゲーテに眠りはない。

 特にこのスライセンは一際眩しく光り輝いている。

 リアリの長い髪が夜風にたなびいた。

 カイザの手が誘われるように持ち上がり、触れて、ゆるく梳かす。

 そのまま尖端を軽く握り、唇に運ぶ。

 永遠とも、一瞬ともつかぬ、時の流れ。

 カイザが髪にくちづけを落とすのを、リアリは黙って見ていた。


「カイザはいつ覚醒したの?」

「アッシュに潰されて家の下敷きになっただろう。それから徐々に思い出した。お嬢はいつ?」

「今日よ。サテュロスとスレイノーンと一緒に同調連鎖をしたの」

「同調連鎖って……まさか、“方舟”に行ったのか」

「そうよ。言ったでしょ? ペトゥラに行くって」

「あ、そういや、そうか……けど、こんなに急に」


 カイザはためらうように訊いた。


「……他の奴らも、甦っていたか?」

「皆、いるわ」

「全員?」

「全員」

「そっか……」


 おもむろに微笑したカイザは無邪気に嬉しそうで、リアリは胸が詰まる思いがした。


「近々、集まりたいわ。再会のお祝いをしたいの」

「集まるのはかまわねぇけど……あのな、お嬢。俺……俺さ、俺――」

 

 カイザが言い淀む。

 ふっと気づくと、いつの間にか、うしろから抱きすくめられた格好だ。

 リアリが首をひねる。

 闇の中、二人の瞳がぶつかった。

 カイザの眼が細められ、唇が薄くひらかれる。

 近づく。

 呼吸が届く。

 あわや、キス寸前、というところでリアリが呟いた。


「……私はラザの恋人よ」


 カイザの身が強張って止まる。

 瞬時にぎくりとした焦燥が顔を覆い、緊張が奔る。

 リアリは身じろぎもせずに続けた。


「あんたに言ってもどうしようもないけれど……なぜ双子になんて生まれ変わったの? 私が困るとか考えなかったわけ?」

「無茶言うなよ。苦情なら神に言え」

「神なんて信じていないくせに」

 

 カイザは違いない、と自嘲気味に笑って身を退いた。

 愛おしげにリアリの頬の輪郭をなぞる指は、狂おしく震えている。


「ごめんな」

「謝らないでよ。誰も悪いわけじゃない」

 

 言いながら、リアリは半泣き、半笑いという、自分でもよくわからない状態で肩を震わせた。


「たぶん運命の悪戯でしょ。“力”と“記憶”はカイザ、“心”はラザ、魂は半分ずつ――どちらもエンデュミニオンで、どちらかというわけじゃない。これが神の悪戯じゃなくてなんだっていうの」

 

 どちらかひとりがエンデュミニオンというわけではない

 ラザとカイザ

 二人で一人

 一人で二人

 どちらもがエンデュミニオン――


「……私、ラザが好きよ」

「……ああ。おまえは兄貴を選んだ。それはいい。いいんだ。俺は、嬉しかったぜ?」


 カイザはリアリをそっと解放した。

 名残惜しげに、熱く見つめる。


「お嬢の口癖でさ、『普通に皆で暮らしたい』って、よく言うだろ。その気持ち、よくわかるぜ。あたりまえの日常に俺たちのこんな“力”なんて必要ねぇ、“心”だけあればいい。あとはなんとでも切り抜けられるからな。それに、”力”あろうがなかろうが兄貴は格好いいし、俺はなにもかなわねぇし、二人が一緒にいてくれるなら――俺は、いいんだ。」

「カイザ」


 にわかに、微笑が変質する。

 リアリにそそがれるカイザの視線が射るように鋭くなる。


「だけど、オランジェはだめだ。いまはエルジュか。奴には渡さない」

 

 低く抑えられた声は、有無を言わせぬ気迫がこもって響いた。


「エンデュミニオンはぎりぎりまで我慢していたが、俺は許さねぇぞ。奴に靡くなんざ、金輪際、一瞬たりとも許さねぇ。近寄るのも許さねぇ。口を利くのも見るのも触れるのも触れさせるのも、許さねぇ。お嬢は、俺たちのものだ」


 そこへ、唐突に割っている声。

 闇よりも濃い黒をまとい、現れたるは、美貌の王。

 エルジュはせせら嗤い、言った。


「ずいぶんな我儘を言うではないか、このどあほうが」


 次話、恋敵同士の再会です。

 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。


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