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千夜千夜叙事  作者: 安芸
第七話 前世
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覚醒

 リアリがリュカオーンとしての記憶を取り戻しました。

 思いがけない“真実”に辿り着いたとき――

 リアリの心にまず浮かんだことは、ラザには知られたくない、という思いだった。 

 

 覚醒を自覚した瞬間、“力”が甦ったことを感じた。

 星脈の呼吸や気脈の流れを捉え、過去に起こったこと、現在直面していること、いまいる場所、(ゼ・フロー)竜の呼び声、リュカオーンの最期、願い、約束など、大事なこともとりとめもないこともすべてつぶさに思い出し、そして仲間たちの懐かしい気配を身近に嗅ぎ取った。

 

 瞑っていた瞼をゆっくりと開ける。

 そこに、昔と容姿こそ異なっても、魂の気配は間違えようもなく、古き友の二人、サテュロスとスレイノーンを見出した。

 だがリアリが口を開くより先に、背後からディックランゲア王子の気遣わしげな一声を浴びた。


「大事はないか、リアリ殿」


 ――“リアリ”。


 それは、今生での名前。

 口を衝いて出ようとしていた再会を喜ぶ言葉をぐっと噛み殺す。

 咄嗟に思ったこと、それは、ラザには知られたくない、できれば、他の誰にも。だった。

 リアリはまなざしひとつでサテュロスとスレイノーンの二人を黙らせ、繋いでいた手をどちらも同時に離し、一拍間をおいて、ディックランゲアを振り返った。

 ディックランゲアは数歩離れたところで気を揉んだ様子で佇んでいた。


「……問題ないわ」

「しかし、同調連鎖とやらはどうだったのだ?」

「一応、うまくいったわ」

「ではやはり、あなたを含めてさきほどお目にかかった彼らも皆、二十一公主で間違いないのか?」

「そういうことに、なるかしらね」

「では石竜(ゼ・フロー)は? 公主が本物ならば石竜(ゼ・フロー)も揃っているはず」


 スレイノーンが元気にぱっと立ち上がり、横から朗らかに口出しした。


「見ル?いいヨ。さっきは餌の時間だったから邪魔だったケド、いまなら会えるヨ」

「よいのか?」

「いいヨ、いいヨ、行こう。案内するヨ。リュカオーンの友達なら僕の友達と一緒サ」

「待って――」


 リアリは立ち上がりかけて、強烈な眩暈に襲われ、よろめいた。

 慌ててディックランゲアが抱きとめる。


「大丈夫か」

「少し眩暈がしただけ……」

「疲れたのではないか? 私でよければ手を貸そう」


 王子は有無を言わさず、リアリをひょいと片腕に抱きあげた。


「ちょっと! おろしてよっ」

「なぜ?」

「ひとりで歩けるわ」

「眩暈がしたのだろう? たまには私を役立ててほしいものだ。いいから、運ばせてくれ」

 

 スレイノーンがひやかすように、ひゅうっと小気味よい口笛を吹く。

 サテュロスはにやにやと面白がっていて、シュラーギンスワントは微妙な状況にどう口出ししたものか躊躇している。

 俄かに、庭園が騒がしくなった。

 オルディハ、エルジュ、レベッカ、ナーシルが雑談を交わしながらやってきて、リアリとディックランゲアの一見睦まじい姿を見るなり、エルジュがさっと顔色を変えた。


「なにをしているのだ」

「リアリ殿の具合が悪いようなので私が運ぶところです」

「承服しかねるね」


 と、冷やかに突っ撥ねたのはエルジュで、見るからに不機嫌だった。

 その原因は傍目にも一目瞭然で、まっすぐにディックランゲアに詰め寄った。


「それなるものは、我が妃となる身の娘。こちらへ渡してもらおうか」

「……いかにルクトール王と言え、聞き捨てなりませんね。リアリ殿は正統なる私の婚約者。お渡しする理由がありません」

 

 一触即発の火花が散った。

 火を鎮火したのは火種である張本人だった。


「やめて。シュラ、王子と代わって」


 リアリはつとめて眼を逸らしエルジュを見ないようにした。

 動悸が激しかった。

 これは逃げだ、とわかっていた。

 でもまだ、心の整理がつかない。

 リュカオーンとしてオランジェに会うには、勇気も覚悟も足りていない。

 ぎすぎすした雰囲気のまま、一行は下降移動装置に乗り、そのまま地下深く急降下していった。


「着いたヨ」


 そこは巨大な丸天井の開けた空間で、人工灯が明々と照らしていた。

 二十体の(ゼ・フロー)竜は非常に行儀よく真円を描く形で鎮座していた。

 大きな翼を折りたたみ、首を竦めるように顎を引いて、肩を丸め、鉤爪の伸びる足をきちんと揃えている。

 皆、石化したままだったが、リアリが中に入っていって声ならぬ声で一頭一頭の名を愛おしげに呼びかけていくと、次々に石化が解けていった。

 かつてリュカオーンにこよなく懐き、いまにおいてもリアリの呼びかけに迷うことなく応じた二十体の石竜(ゼ・フロー)は、喜々として咆哮を放った。

 それは最期の戦いのはじまりを告げる鬨の声だった。


 前世、らしき夢を、一度だけ見たことがあります。

 誰かを追って、叫んで、眼を覚ましたら、腕から血が流れていました。自分の爪が肌に食い込んでいて、いまも火傷のように白い痕が残っています。

 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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