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千夜千夜叙事  作者: 安芸
第七話 前世
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遠い約束

 前世編、ひとまずこれにて終了。

 あと一回、小一話の括りがあります。

 

 決行は翌朝、日の出とともにということで決まった。

 “超越者”たちの最後の夜はそれぞれ忙しかった。

 晩餐を終えたあと、残される“能力者”の中でも特に“力”の制御に優れたものを“方舟”の指揮官として選ぶことになった。

 

 アレクセイとヒューライアーは、性格は対照的ながら抜群に数値が高いことに加え、順応性に秀でていたので、そこを見込まれた。

 この若い二人にあとを託すための引き継ぎを行うもの、“方舟”の整備に精を出すもの、ひたすら“力”を溜め込むもの、負傷者の世話にあけくれるもの、星脈の動向に気を配るもの、緊張をほぐそうと道化に徹するもの、ひとり静かに体力を温存するもの、色々だった。


 リュカオーンはエンデュミニオンと二人で外にいた。

 眼下には黒々とした大地が横たわっている。

 生きものの気配は感じられない。

 月もなく、星もない。

 寂寥感にみちていた。

 暗黒の空間に“方舟”だけが薄明るく発光し、漂っているようだった。

 リュカオーンはエンデュミニオンに肩を抱かれて凭れかかりながら、長いこと黙っていた。

 エンデュミニオンとはじめて会ったときのことを、思い出していた。

 

 惑星の星脈に潜入――そこで惑星の鼓動を聴き、幾千億の生命の誕生と消滅の末端に触れ、神秘の輝きを見た。だが、その足元に、だだっぴろい、空漠の宇宙をみた。

 誰も 応えることのない 独りの世界

 絶対の孤独 深く 重く 渦を巻く 虚無

 そこにはなにもなかった

 なにもない無の空間を垣間見て、なぜ怒りが爆発したのか、いまもわからない。

 わかっていることは、自分という存在を失いかけていたときに救いだしてくれた、この手。

 優しくて、温かな。

 リュカオーンはかけがえのないものとして大事にしてきた。

 エンデュミニオン。

 あなただけは、生きていてほしい。


 夜もだいぶ更けて、いつのまにか、“超越者”全員が揃っていた。


「明日、午後にはエコーレ山が噴火するんですって。ローが予知見したの」

「その前に鎮めよう。できるだろう、俺たちならば」


 闇の鼓動が聴こえるような夜の果て――いつかこれに似たものを覗きこんだ――。

 だが、そこに絶望はないと言ったのは、教えてくれたのは。

 リュカオーンはほとんど朗らかに言った。


「私たちは、ひとりじゃないわ。少なくとも、孤独じゃない。惑星の気脈に呑まれても、明日この身が力尽きようとも、命が循環する以上、甦るわ。そうね、約束しましょうよ。何千年か先の未来――私たちのつくる“道”が壊れてしまったとき、ここで、この“方舟”で、もう一度逢いましょう」

 

 ローダルソンがぶつくさ文句を言う。


「なんでまた、人類存亡の危機に俺たちがわざわざ甦らなければならねぇんだ」

「悔しいから。だって、せっかくここで守った生命の芽を何千年後とはいえ絶やしてしまうなんてもったいないじゃないの」

 

 くっと笑って、ベルナンロッサが吸っていた煙草を携帯灰皿に揉み消した。


「……もったいない、ね。確かにそうだ。いいよ。その約束、のろうじゃないか」

石竜(ゼ・フロー)を目印にしようヨ。あいつらしぶとく長生きするからサ、僕たちが近くにいったら覚醒するようにして、あいつらが眼を覚ましたら僕たちも記憶を取り戻すンダ。そうしたら皆のことも忘れないでいられるダロ」と、スレイノーンがはしゃいで言う。

「それより“方舟”がそんなに長いこともつかしら」と、小首を傾げたのはミュルスリッテ。

「もつでしょう。私たちが長の年月かけて造った叡智の賜物なのですよ。一億年だって大丈夫です」と、イズベルクは自信満々に言った。

「あー。もし次に生まれるなら、俺はひとじゃないほうがいいね」

「俺も」


 ナインツェールとルキトロスの意見があって、二人は更に付け加えた。


「で、エンデュミニオンに飼われる、と」

「そうそう。俺たちがいないと物足りねぇだろうしな」

「……そうね。もし本当に次があるなら、そのときも女でいたいわ。もう少し素直で可愛い女だったら尚いいわね」

 

 そうオルディハが呟くと、それを聞いていたオランジェが彼女の額を指で小突いた。


「いまだって素直で可愛いだろう。おまけに強くて勇ましい。なんの不満があるんだ」


 冷やかしの声。

 場が、笑いに満ちた。


「本当に記憶を甦らせたいのならば、そうしよう」

 

 エドゥアルドは皆に聞こえる声で言って、「希望者は?」と訊くまでもないことを訊いた。

 全員が名乗りを上げたので、彼の仕事は容易かった。

 誰からともなく、抱き合った。

 闇の中で、ひとりとして、孤独ではなかった。


「未来で逢いましょう」


 それは、絆を繋ぐ遠い約束。

 暗闇に灯る、希望の光。


 その夜、リュカオーンはエンデュミニオンの腕枕で眠った。

 だが、目覚めると、エンデュミニオンの姿はなかった。

 リュカオーンの集めた“力”の核石とともに。

 リュカオーンは絶叫した。

 エンデュミニオンがなにをするつもりなのかは明白だった。

 このとき既に、止めようにももはや手遅れだと、リュカオーンは知っていた。

 そして永い決別の朝を迎えた。


 色々、色々、語り足りないことのある前世編ですが、もうこれが精一杯。

 あとは、現実世界に戻ります。ここまで、かったるいと思われても仕方のない展開にお付き合いくださいました皆様、ありがとうございました。

 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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