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千夜千夜叙事  作者: 安芸
第七話 前世
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あとなき決断

 前世編、あと一話です。

 いままで口を噤んでいたライズジェガールが気のない声を紡いだ。


「たとえばいま一万人助けても、五年後に食料が尽きたとき、どうなる? 五年で土地が回復するという見込みもなければ、作物の収穫の目途もない。それどころか水の確保すら困難になるだろう。五年後に滅ぶのも、いま滅ぶのも同じじゃないか?」

「同じであれば、なぜ博士を助ける?」

 

 ルキトロスの指摘にライズジェガールが戸惑いして意味もなく手を動かす。


「だよな。俺も、はじめの揺れでオランジェの家族のもとにすっ飛んで行ったもんな。危ねぇ、ヤバイってさ」

 

 ナインツェールがうっかり口を滑らせた。

 それまで厳しい顔で沈黙を守っていたオランジェが眼を瞠って「それは本当か」と小さく呟くのを全員が聞いた。


「……ああ。連れて来たぜ。でかい飼い犬まで一緒さ。おまえの部屋の真上にいるよ。皆かすり傷ひとつない。っつーか、変な遠慮するな。てめェが自分で助けに行けっての」

「よかった」

 

 オランジェがふーっと長い長い息を吐いて天井を仰いだ。


「よかった……」

 

 このとき、皆の胸の内をなにかあたたかなものがよぎった。

 そして、自然と眼が外へ向けられた。

 スクリーンに延々と映し出される破滅に瀕した情景、そこにひろがるのは地獄。

 クアドラーンはオルディハを振り返った。


「……いま一時的に一万の命を助けたところで、どのみち滅亡は免れないんじゃないか?」

「ライの言った通り、たった五年の猶予じゃ足りませんね。なにか他に策はないのですか?」

 

 イズベルクがまだ発言のない最年長のティルゲスターを促した。


「要は、大地がしばらく安定すればいい。大衝突で狂った星脈を軌道修正し、惑星の“力”を一定方向に循環させればしばらくはもつだろう」

「しばらくとは、どのくらいだ」

 

 エンデュミニオンが真顔で尋ねる。


「何千年か。数値のはっきりしたことはわからん。おそらく、五、六千年から九千年未満。ただし、そのためには地核に近い位置まで潜り、起点を定め、“道”をつくり、つくった“道”を保護し、更に少しも漏れることのないように全体を覆って封印しなければならない。俺たちの“力”で。そんなことができるだろうか」

「やるのよ」

 

 深い決意を宿した声で、リュカオーンが言った。


「その起点を定める役目、私に任せて」

「だめだ」


 珍しく、エンデュミニオンが声を荒げた。


「おまえひとり、行かせない」

 

 会話は中断された。

 自動扉が上下に音もなく開いて、げっそりとやつれた面持ちでジリエスター博士が現れた。

 眼鏡を壊したらしく、つるが曲がり、レンズにひびがはいっている。

 顔ぶれを見て、涙で顔をくしゃくしゃにしながら、もたもたと駆け寄った。


「よかった、君たちは無事か。全員無事かね。誰もいなくなってはいないだろうな」

「無事です。博士こそお怪我は?」

「ないよ、ない。君たちのおかげだ。私の家族まで守ってくれたのだな。ありがとう。本当にありがとう」


 博士はひとりひとりに握手してまわった。

 爪の短い、節くれだった皺だらけの温かな手だった。

 リュカオーンは、しばらく博士の手を離さなかった。


「……正直、ひとという種が生き延びることにどれだけの意味があるのか、わかりません。ひとの心は狭すぎて。私たちのようにひとの規格から少しでも外れたものを迫害する傾向はそう簡単になくならないでしょう。でも、志し次第で歩み寄れる。博士が身をもって私たちに示してくれたように」


 そこではじめて不穏な空気を嗅ぎ取って、ジリエスター博士は狼狽した。


「ま、待ちなさい。なにをするつもりだね」

「救済です」


 オルディハが挙手を募った。

 全員の手が挙がった。


「満場一致で」

「いかん」

 

 博士は滅茶苦茶に首を振った。

 青ざめた顔に恐怖がありありと浮かんでいた。


「負傷者を助けるのはいい。ここに運び入れるのもよかろう。もともと災害時のための救命艇だからな。だが、このことに君たちが命をかけるほどの危険を冒すことはない。我々にはそんな価値などない。いったい君たちは我らひとになにをされてきたのか忘れたわけではあるまい。傲慢で自分本位、ただ贅沢のために幾多の“能力者”の命が踏みにじられてきたことか。人類など放っておきなさい。これは天罰だ。いままで好き勝手をしてきたつけなのだ。この私とて同じ――恥ずかしさに死んでしまいたいほどだ」

「時間がありません」


 リュカオーンは博士の手を離した。


「オルディハ、指示をちょうだい」


 指揮官らしく、オルディハはてきぱきと任務を割り振った。


「ディルゲスター、エンデュミニオン、リュカオーン、ゾルベットロー、ナインツェールはここに残って。博士もお力を貸して下さい。エドゥアルドはスクリーン前に待機して情報を集約するのにまわってちょうだい。あとの皆は外にいって、負傷者を収容して。オランジェとミュルスリットとベルナンロッサは中に残って負傷者の手当てを。こちらの計画が出来次第、招集をかけるわ。そのときはすぐに来ること。いいわね。じゃ、解散」

 

 オランジェは、通り過ぎがてらリュカオーンの腕を掴んだ。


「痛いわ。なによ、この手」

「君に地核へ潜入などさせないぞ。君にやらせるくらいなら私がやる」

 

脅迫の如く鬼気迫った眼でいって、オランジェは出ていった。

彼の手が触れた肌を撫でながら後ろ姿を見送って、視線を戻すと、エンデュミニオンのそれとぶつかった。

咄嗟に、眼を逸らしてしまった。

すぐに後悔したが、まともに彼の眼を見ることはできなかった。

 討議は揉めた。

 参照データがないため、正確無比な試算が出せなかったのだ。


「楔が必要だな」と、ディルゲスターが言った。

 

ちょっと考えて、リュカオーンは提案した。


石竜(ゼ・フロー)を使いましょう。はじめに起点を定めて、石竜(ゼ・フロー)を大地に待機させて、それを目印に“道”をつくるものが潜っていって、“力”を解放し、星脈の流れを決める。ある程度の筋がついた段階で、“道”を包むように保護し、最後のひとりが厳重に封印を施す。それでどう?」


 ナインツェールは懐疑的だった。


「たやすく言うが、おまえ二十頭もの石竜(ゼ・フロー)を呼べるのか?第一、あんな生きているんだか死んでいるんだかわからん野生の竜をあてにして大丈夫か」

「呼べるし、大丈夫よ。頭もいいし、頑丈なんだから。私、石竜(ゼ・フロー)と相性がいいの」


 オルディハは円卓をこつこつと指で叩いた。


「問題は人選ね。どう分ける? いえ、そもそもたった私たち二十名の力で足りる? 他の“能力者(みんな)”の力を借りた方がよくないかしら?」


 それにはエンデュミニオンが異議を唱えた。


「頭数だけ多くても統率がとれん。“能力者(みんな)”には“力”を集めることだけ頼み、それを俺たちに託す技を使ってもらってはどうだ」

 

 話し合いは短時間ながら紛糾した。

 それでもどうにか折り合いをつけ、最後に、予知見ゾルベットローが重い口を開いた。


「だいたいわかってはいるだろうが、ひとりを除いて、誰も生きては帰れん。一度星脈に触れたが最後、その勢いには逆らえない。全員がもっていかれる」

「そのひとりって?」と、ナインツェール。

「封印を結ぶものだ。この場合だと、エンデュミニオン、おまえだな」



 登場人物多数で、すみません。

 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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