溺愛主義
べたべた、べたべたしてます。笑。
物語はのたのた、のたのたしてます。笑。
ローテ・ゲーテ到着後の翌日である。
朝食後、リアリが町を案内してくれるというので、ロキスは二つ返事で承諾した。
ところが直前になって双子兄もついて来た。
正確には、リアリを腕に抱きあげてすたすたと歩いているので、“ついて来た”わけではないのだが……。
「よく重くないな」
ぼそっと呟いたロキスに、ラザが勝ち誇った微笑を向ける。
「たからものを重いという男がいますか」
「ああ、そういう理屈か……お嬢さん、女冥利に尽きるな。こんなに愛されていると不満なんてないだろう」
「もちろんです。不満なんてあるわけないです。そうですよね、リアリ。僕は尽くす男でしょう?あなたのためならなんでもしてあげます。誰だって始末します。夜だって頑張ってます。こんなに健気で一途な僕に不満なんてあるわけがない、そうでしょう?」
「……不満はないけど、ラザ、あんた今日仕事でしょ。私は大丈夫だからとっとと聖徒殿に出仕なさいよ」
「いやです。僕が出仕したらあなたこの危険人物と仲良くデートしていることになるじゃありませんか。そんなの絶対ごめんです。デートなんて、僕だってご無沙汰なのに」
「危険人物でも仲良くデートしているわけでもないわよ。相手はセンセイで、町で不自由なことがないように案内しているだけじゃない。それも、二人きりでもないでしょうが。シュラがいるでしょ、シュラが。あんたただでさえ忙しい時期でしょ、鎮魂祭が近いんだから。さぼってないで、仕事行きなさい、仕事」
「は、仕事なんて二の次です。僕にはあなたが一番大切だと何度言ったらわかるんです?僕はあなたのためならば世界中殺して歩いてもかまわない。仕事なんてさぼりまくってもかまわない。大丈夫、好きでそうしているだけです。あなたはなにも心配せず、僕に愛されていればいい。……好きなんです。あなたが」
「ちょっと、なにするの」
「なにって、キスです。ここは愛情の証にキスを贈るところでしょう。僕の誠意、真心ですよ。かわいいあなたに僕の印を刻まないと。たくさんしないと。あなた、すぐに悪い男に手を出されますからね……」
反論を試みたリアリの唇をラザのそれが強引に塞ぐ。
ロキスは礼儀正しく、明後日の方角に眼を向けた。
ラザはキスのあと、リアリの下唇をちょっと甘噛みした。刺激にびくっとするリアリに意地悪くにやりとすると、仮面をつけた顔面にふーっと吐息をかける。
「……あなたを好きにしてもいいのは僕だけです。僕を好きにしてもいいのはあなただけ。わかっていますよね?」
「……そんなの、わかってるわ」
「では、今度はあなたからキスしてください。早く」
ねだられては、いやと言えないリアリである。
ラザの首を引き寄せ、ちゅ、と軽く唇を吸う。
ラザが応える。
リアリもまた応える。
更にラザが応えて、リアリもこれに応える。
人目もはばからない熱烈なキスに、リアリは朝っぱらからすっかり酔ったようになったが、それでも自分を見失うまでにはいかない。
「でもね、女にかまけて仕事を放棄するようなだらけた男はどうかと思うわ」
「まあそうだな」
ロキスは礼儀正しくよそを向きながら、小さく相槌をうった。
ラザはリアリに無言で凄まれて、ようやく屈した。
「わかりました。僕はだらけた男ではないので出仕します。変なこと、されないでくださいね。僕、二度目の我慢は無理ですので。シュラ、よく見張りなさい」
「は」
シュラーギンスワントが本日はじめて口を利く。
白亜の化身のようなラザが去ると、辺りに喧騒が戻ってきた。
観光客はともかく、どうも非常に畏怖される存在のようで、彼が通るそばから空気に緊張が漲っていたのだ。
「ラザが失礼してごめんなさい」
「いや、正直な男だな。自分に正直にお嬢さんに狂っている。誰もなかなかああまで素直にはなれんだろう」
リアリは、今日はきりっと群青色の衣装を着ていた。
相変わらず、黒い半仮面をつけている。
薄いさくら色の唇は、昨日に続いてよく動いた。
不意に、道端の前方の一点を指差す。
「――あの看板にも書いてますけど、ローテ・ゲーテの三大法律は、年長者――これは六十歳以上を指します――と子供を大切にすること、双頭の巨人と二十一公主への敬服、それから愛に忠実であることです。この三つはないがしろにしないで、きちんと守ってください。いえ、守るだけじゃなくて、闘ってください」
「たたかう?」
「そうです。昨日もご覧になったでしょう? じーさまやばーさまを敬えない奴は懲らしめます。子供を虐待する奴は半殺しです。モラルに反した行動は若い者が若い者にだけやっていいんです。弱い者いじめなど最低です。ローテ・ゲーテの民は弱い者いじめはしません。強い者にだけなにをしてもいいのです。余所者だからと言って例外はないです。ここがローテ・ゲーテ国内である以上、ローテ・ゲーテの法に従ってもらいます。そう入国審査のときに必ず案内されているのに、わからないくそったれが多いんです。センセイも気をつけてくださいね?」
「肝に銘じておく」
リアリは一瞬言い澱み、溜め息をついてから続けた。
「ラザは、おかしくないんです。愛に忠実だから。このローテ・ゲーテでは多夫多妻が一般なので、油断していると、好きな人をあっという間にさらわれてしまうんです」
次は弟の出番です。
しばらく甘かったり、騒がしかったり、ゆかいだったりをお愉しみください。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。