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千夜千夜叙事  作者: 安芸
第七話 前世
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束の間の平穏

 ジリエスター博士がいいこと言っています。


「今日から君はここで暮らすのだ」

 と、リュカオーンがジリエスター博士に連れられて訪れたのは、通称“方舟”。次世代の大型移動救命艇だった。

「ごらんのとおり、建造途中でね。ここで君にも仕事を手伝ってもらいたいのだ。ここには君のような“能力者”も“超越者”もたくさんいる。きっと仲良くなれるだろう。そうだ、確かエンデュミニオンとは会ったのだったね。呼ぼうか。エンデュミニオン! ちょっと来てくれないか」

 艇内拡声器が作動して、博士の声が反響する。

 それから数秒も経たぬうちにエンデュミニオンがふっと空間移動して現れた。

 長身痩躯、肌は浅黒く焼け、前髪がやや長いものの短く刈った黒髪に紫の瞳、袖や裾が長くゆったりとした仕立ての作業着も紫で、物静かな風貌によく似合っていた。

「ああ、来たのか」

「面倒を見てあげてくれるかい」

「わかった。部屋はどうする。オルディハの隣室が空いていたと思うが、そこでいいか」

「あなたと一緒がいい」

 リュカオーンがなんの躊躇もなくそう言ったので博士は仰天した。

「しかし君は女の子なのだから――」

「エンデュミニオンの傍がいい」

「俺は別にかまわない」

「非道徳だ! でもまあ君たちがよければ構わなくもないが、いや、やはり問題だ。いいかねリュカオーン、君はもう少し自分の身を労わらねばならない。一人前の男の部屋にだな、君のような若い女の子が一緒に住むということはだよ、つまり、そのう、あれだ。のっぴきならない関係というものにだね――」

「俺が手を出してはまずいのか」

 ますます驚いて、博士は息継ぎもできないような有様で口をぱくぱくさせた。

 エンデュミニオンはリュカオーンの手をそっと持ち上げて指にくちづけた。

「無理強いはしない。だが、俺はおまえに惹かれている。どうしようもなく、惹かれている。傍にいればきっと、おとなしくはしていられなくなるだろう。それでも俺の部屋に来るか?」

 リュカオーンは頷いた。

 博士は掌で顔を覆って天井を仰いだ。

 しかしすぐに気を取り直して、咳払いをした。

「とにかく、では、リュカオーンは君に任せた。仕事も君が教えてくれたまえ。皆への紹介も忘れるなよ。よし、では最後に一言だけ。リュカオーン、君はここでひととして暮らすすべを覚えるのだ。君は“能力者”で“超越者”である前に、ひとなのだ。いいかね、君はひとだ。幸せになる義務がある。それを忘れないで、毎日を過ごしなさい。そんな顰め面をしないで。ずいぶん難しいことを言っていると思うかもしれないが、別に難しくはない。誰にでもできることなのだ。できるだけ多くのものを愛すること――それが幸せになるための秘訣だよ」

 

 それからの日々はリュカオーンにとって未知の経験の連続だった。

 管理されない生活というものになじむまで時間がかかった。“能力者”同士、無制約でつきあうことに不慣れなあまり、はじめの頃は互いに警戒し合い小さな衝突が絶えなかった。

 月日の経過とともに、無表情、無関心、無個性、そういった固い殻が剥がれ落ち、リュカオーンはみるみると明るくなっていった。“方舟”が家となり、“能力者”同士が気のおけない家族になった。名で呼びあうこと、喧嘩し仲直りすることを覚えた。譲ること、許しあうこと、尊重すること、意見をぶつけ合うこと、自分以外の者の世話を焼く楽しみと、大勢で騒ぐこと、無為の時間を過ごすこと、それから、愛し、愛されることを知った。

 エンデュミニオンとはうまくいっていた。

 まるで生まれたときから一緒のように互いの存在を近しく思い、心を預けることができた。自然に唇を重ね、指を絡ませ、身体を重ねたときも、愛しさだけをおぼえた。

 オランジェが“方舟”の一員に加わったのは、“ゲイアノーン事件”よりちょうど一年が経過したころだった。


 前世編、前半終了。おつかれさまでした。

 次話、オランジェ=エルジュ登場。

 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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