エンデュミニオン
人体研究、人体実験、人体形成。
未来に、いや、実はもうあるかもしれない、そんな話。
リュカオーンは、エンデュミニオンの存在を自分にとってのなんであるかと他人に説明することは難しかった。
ただ愛している、とひとことでは括れなかった。
彼は救い手であり、解放者であり、簒奪者であり、慰めるものであり、孤独をわけるものであり、恋人であり、同胞であり、家族であり、よびあうものであり、目的を同じとして時間を共有するものだった。
許し、許され、満たし、満たされ、互いに個別の生命体でありながら、ひとつのものであった。
リュカオーンがエンデュミニオンと出会ったのは、七年前。
当時、リュカオーンは十五だった。
リュカオーンは両親を持たない。戸籍もない。あるのは個体識別番号と名前と身体と“力”だけ。
リュカオーンは政府所有の“人工能力者”、中でも、至高の存在、“超越者”だった。
生まれて五年は“能力者”としての素質を伸ばすことに終始し、続く五年は“力”の使い方を学ぶことに明け暮れ、更なる五年は“力”を制御するすべを覚えることに専念した。
そして十五ではじめて、精神体を星脈の奔流に乗せた。
そこで惑星の鼓動を聴き、幾千億の生命の誕生と消滅の末端に触れ、神秘の輝きを見て、自らの存在の儚さを知った。
同時に、いかに自身が孤独であるかを、思い知った。
それまで、およそ感情というものには無縁だったリュカオーンがはじめて抱いたそれは、怒りだった。
何に対しての怒りだったのか、ただ、湧き上がる衝動をリュカオーンは社会にぶつけた。
首都ゲイアノーンは炎上した。
大黒星塔は次々と火の手にくるまれ、爆発し、倒壊した。火の海がひろがった。
リュカオーンは破壊の限りを尽くした。
怒りが過ぎると、心が急速に冷えて、うつろになった。
うつろなるまま、“力”の解放は続いた。
自分では止められなかった。
止めたのは見知らぬ男だった。
闇を食らう赤い火の粉が舞う中、虚空より不意に現れて、そっと腕を掴んだのは静かな眼をした長身の男だった。
男は抑揚のない声で言った。
「ひとの命をどれだけ奪おうとも、おまえの孤独は埋まらない。渇きは癒されない。みたされない。苦しみは増すばかりだ。怒りの矛先はひとでなく、俺に向けろ」
自分でも制御不能な“力”が鈍った。
リュカオーンは目の前の男を凝視した。
「俺はおまえと同じもの。俺ならば多少のことでは壊れない。やってみろ」
だがその瞬間、“力”は滅した。
同時にリュカオーンの眼から生気が消え、身体の均衡が失われて一気に崩れ落ちたところを、男の腕がさらった。
リュカオーンは男の胸に引き寄せられた。
「おまえのそれは慟哭だ。俺にも憶えのあるものだ。だが、おまえはひとりじゃない。俺がいる。他にもいる。聴こえるか。星脈の虚無に囚われるな。闇の底を覗いたのだろうがそこに絶望はない。絶望はないのだ。戻って来い。ここへ。光を知らぬ身で闇に堕ちるな。まだろくに生きてもいないだろう――戻れ、戻るのだ」
男の叫びを、どこか遠いところでリュカオーンは聞いていた。
そして、その声に導かれるように死の淵から生還する。
このとき結ばれた絆が、リュカオーンの拠り所となる。
男の名は、エンデュミニオン。
はじめてリュカオーンを愛したものである。
リュカオーンの起こした“ゲイアノーン事件”はあるひとりの博士の主張により極めて遺憾なる“事故”として闇から闇へ葬られた。
その博士こそ、“能力者”研究分野の第一人者ジリエスター博士であった。
多数の死傷者、甚大な被害を出したこの件については司法の場においての裁きを要求する意見が大半を占めたが、「なにごともデータである」という博士のひとことで、それらの主張は退けられた。
ロスカンダルは大陸きってのデータ国家である。
あらゆる事象の研究成果を参照に新技術が開発され、昼夜問わず常にいくつもの実験が進められていた。
愛ゆえに。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。