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千夜千夜叙事  作者: 安芸
第六話 二十一公主と呼ばれる者たち
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同調連鎖

 超能力、欲しいものですね。

「ねぇ、なんで浮いたり消えたりできるの?」

 

 リアリはサテュロスと名乗ってチェカ語を話す、細眼の学者風の優男に疑問をぶつけた。


「君だってできますよ」

「できないわよ」

「やろうとしていないだけではないですか」

 

 そこでリアリはやってみた。

 だが、無駄だった。

 そんなこと常識的にできるわけもない。

 サテュロスは「ふむ」と呟いて、

 

「やはり覚醒しなければだめなようですね」

 

 リアリは肩をすくめた。

 非常識な提言は聞き流すことにする。

 しかしその実は、できないことが残念なような、できないことに安堵するような、複雑な心境だった。


「簡単だし、便利だヨ」

「たとえば? 言ってみなさいよ。くだらなかったら承知しないから」

 

 リアリはまだほんの十歳くらいの容姿である、手足も細くいかにも少年然とした、クワイ語を話すスレイノーンにも容赦なくたたみかけた。


「え、えーと。そうだネ、買い物が楽だヨ」

 

 心当たりのある発言。

リアリはカイザの「素性の知れない妙な奴らがいる」という言葉を思い出した。


「……やっぱり、(カスバ)下町に最近出没している不審人物って、あんたたちのことだったのね」

「べ、別に不審なことなんてしてないヨー」

「いいこと? あの町でおかしなことをしたらただじゃおかないわよ? あんたたちが何者だったとしても容赦しないからね」

 

 案内人二人は背をぴんと張り、竦み上がって、口を横に伸ばした。


「……今生のリュカオーンはずいぶんとおっかないですね」

「こんなに可愛いのに、図太くて恐いなんて詐欺だヨ」


 リアリ、ディックランゲア、シュライザー、ライラとマジュヌーン、そして護衛を務める陽炎八名は、移動時間をまったくかけずに、つまり空間を瞬間的に移動しながら、短時間の間にあちこちを見学した。

 そしてわかったことは、この未曽有の巨大建造物は、極めて大掛かりな要塞であるということだった。

 農場、飼育場、様々な用途の工房、自給自足設備、灌漑設備、貯水設備、上下水道は完備で、空調設備、湿度・温度管理、光源は確保され、いつでもどこでも居心地がいい。礼拝堂、大浴場、サウナ室、運動場、娯楽室、音楽堂、劇場、応接間、居間、小広間、大広間、集会場、会議室、医務室、裁判室、監獄、練兵場、兵舎、厩舎、飼育舎、武器庫、食料貯蔵庫、備蓄庫、加えて一通り生活に必要な家具が揃えられた居室がピラミッドの上層部の大半を占め、その数、数万。

 この他にも、まだ下層部施設があるという(石竜は最下層に控えていると聞いたので、行きたいと希望したが、いまは無理だと断られた)。

 思わず、のけ反る。

 リアリは憩いの場として造られたという、最上層にほど近い、空中庭園なる緑の人工オアシスに連れてこられた。見たこともない花が咲き乱れ、見たこともない緑が滴る庭園は美しく、光に溢れ、噴水やオブジェや散歩道や東屋が絶妙の配置で整備されていた。

 リアリはオアシスの優美さには目もくれず、冷然と罵った。

「一都市まるごとの機能を集約して、一都市まるごとの人口も受け入れ可能なこんな物騒なもの、なんのために造ったのよ。これじゃあまるで戦時の長期戦を見越した立て籠もり専用の大要塞じゃない。だいたい、どこもかしこも、得体の知れない超高度技術満載で、怪しいったらないわ。よくもこんな危険なもの、よりによってこのローテ・ゲーテに持ち込んでくれたものね。できればいますぐ、とっとと退去してくれないかしら」

「……物騒、要塞、怪しい、危険、退去……」

 

 サテュロスはもうひとりの案内人スレイノーンと顔を見合わせた。


「あーあ、こんなにガンバッテいるのに、報われないネ、僕たち」

「どんな強力魔法を使っているのよ」

「魔法じゃないヨ。惑星を循環する物体が仕事をするための力を熱とか光とか化学とか色々変換して流用しているんだヨ」

「その語尾発音が微妙にいらつく」と、リアリ。

「私は彼の言っていることがさっぱり理解できないのにいらつく」と、ディックランゲア。

 二人に睥睨されてスレイノーンが縮こまったところへ、細眼のサテュロスがまあまあ、と場を取りなしてリアリに言った。

「いずれ君が覚醒したのちは、すべてはっきり納得がいくと思いますよ」

「そうそう! 覚醒すればいいんだヨ! オルディハは覚醒しない方がリュカオーンのためにはいいとかなんとか寝言を言っていたケド、そんな悠長なこと言っていられる余裕はないのにネ。それにエンデュミニオンも問題だヨ。あいつが来ないと機関動力部が作動しないから試運転もできなくて困っちゃうヨ。あとゾルベットローが来ればもっと正確な予知見ができるし、ナディザードも揃えば一度全員で円陣を組めるっていうのにサ、なにやってんだってカンジだヨ。ね、ところでリュカオーン、なぜそんな仮面をつけているのサ。せっかくものすごい美人なのにモッタイナイ」

「うるさいわね。素顔で歩くと私の男が嫌がるのよ」

「……はあ。心の狭いオランジェらしいネ」

「ちょっと、誰もエルジュがそうとは言ってないでしょう」

「じゃ、エンデュミニオンだ」

「そんな奴は知らないわよっ」

 

 また、サテュロスとスレイノーンは顔を見合わせた。

 ぼそぼそと、密談を交わす。


「……あのサ、もしかしてエンデュミニオンも覚醒していないのかナ」

「その可能性はないこともない」

「ゾルベットローとナディザードも?」

「その可能性もないこともない」

「……リュカオーンがオランジェとエンデュミニオン以外の男を好きになるなんて可能性、あるかナ?」

「ないでしょう」

「だよネ」

 

 結論付けて、スレイノーンはブーゲンビリアの花の前に屈み込むリアリに言った。


「そのリュカオーンの“男”がエンデュミニオンだヨ。覚醒前かもしれないケド、いまからすぐ迎えに行って――わあ」

 

スレイノーンは後ろにひっくり返って一難を避けた。

 リアリが振り向きざまに投擲したナイフは空を裂いて向こうの観葉植物群のベンジャミンの幹に突き立った。


「でたらめ言うと、殺すわよ」

 

 サテュロスが頭を掻いた。

 困ったように肩を落とす。


「うーん、あながちでたらめでもないと思うのですがねぇ。それも、君が覚醒すればわかることなのですけど……ちょっと、同調連鎖をしてみませんか?」

「同調連鎖?」

「手を繋いで、波長を合わせるだけです。もしかしたらなにか大事なことを憶い出すかも。まあ、そのまま覚醒してしまう可能性もありますが……どうします? 怖いですか?」

 リアリはむっとした。あからさまな挑発に引っかかった自覚はあったが、臆病者扱いをされることは許せなかった。


「怖くないわよ。手を繋いで……なんですって?」

「波長を合わせる」

「いいわ、やる」


 だがディックランゲアはそれを止めた。

 リアリの二の腕を掴み、かぶりを振った。


「軽はずみな行動はよせ。取り返しのつかない羽目になったらどうするのだ」

 

 リアリは王子の危惧を疑わなかった。

 必至の眼と強い手の力が、ありがたく思えた。


「……私の場合、自分を知ることがこの大事を切り抜ける一歩かもしれないわ。だから、やってみる。もしかしたら、思いがけない“真実”に辿り着けるかもしれないわよ?」

 

 ライラとマジュヌーンが擦り寄って、リアリを更に勇気づけた。

 二頭の頭を撫でながら、黙って見送る姿勢のシュラーギンスワントに無言の一瞥を向けて、腹を据えた。

 サテュロスとスレイノーンがその場に胡坐をかいて坐し、手を繋ぎ、リアリもまた彼らにならい姿勢を正して座って、ほとんど無造作に二人の手を握った。


「はじめましょう」


 さて、次話、いよいよ前世編です。あまり長くはないです。ざくざくざくとさばきます。内容が内容なので、連続投稿でいけたらな、と。

 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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