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千夜千夜叙事  作者: 安芸
第六話 二十一公主と呼ばれる者たち
42/130

これが私の本気です

 エルジュとオルディハ。

 ナーシルとレベッカ。

 どちらのカップル? もちょっとやるせないです。

 応接間で、脳波で直接やりとりする念問答で互いの情報を交換し終えてから、オルディハは皆に冷酒をふるまった。

 早くもおかわりを要求するエルジュの杯に特上の果実酒を注ぎながら、オルディハは笑いを含んだ声で言った。


「民族衣装、似合うじゃない」

「ぬかせ」

「あっはは。あなた、相変わらずリュカオーンにべったりなのね」

「好きでべったりなんじゃない。傍についていないとすぐに他の男に手を出されるから仕方なく、それだけだ」

「嘘つきね。本当は片時も眼を離したくないくせに。さっきだって、つれなくされて拗ねていたでしょう。ううん、いまも機嫌が悪いわね。短気なところは全然変わってない」

「ふん、ひとのことが言えるのか? おまえこそ相も変わらず司令塔のような面倒事を担ってからに、苦労性で損な性分は変わってなかろう」

「それもそうね」

 

 オルディハはエルジュの椅子の肘掛け部分に腰かけて、しばらく手持ちの柄の細い杯をくるくるまわしていたが、やがてぽつりと呟いた。


「好きよ、オランジェ」

「……なんだと?」

「好きって言ったの。やっと言えたわ、いったい何千年越しの告白なのかしら」

 

 身体をやや捻った姿勢のオルディハと首を僅かに擡げたエルジュは視線を絡めた。


「私が他の女など眼中にないことを知ったうえで、よくもそんなことが言えるな」

「言いたかったの。いけなかった?」

「別に」

「冷たいわね。でもそんなところも好きよ。あなたが顔と背恰好以外なにも変わっていなくて、嬉しかったわ。もしリュカオーンに振られたら来なさいよ。都合のいい女になってあげる」


 レベッカとナーシルは少し離れた席でオルディハとエルジュのやりとりを傍観していた。

 手酌で二杯目の酒を注ごうとしたレベッカを押しとどめ、ナーシルは席を立っていって酌をした。

 そのまま傍に佇むナーシルを、レベッカは怪訝そうに見て訊いた。


「どうかしたかい」


 ナーシルは酒のはいっているオイノコエを小卓に下げて、唐突に前傾姿勢をとった。

 レベッカの座る椅子の肘掛け部分に両手をついて、重心を前に、額がほとんど触れるくらい近くにレベッカとの距離を詰めて迫った。


「……“恋は少し苦しいくらいがいい。より深く我が身を捧げることができるから”」

「なんだい、そりゃ」

「いまスライセンで流行っている歌です。ここのところの歌詞が気に入っているんです」

「へぇ」


 レベッカは、ほとんど憎たらしいくらい落ち着き払っていた。

 ナーシルは怯まず、レベッカの眼を目深に覗き込んだまま、単刀直入に告げた。


「あなたが好きです。私はあなたが何者であってもいい、どんな過去や秘密を抱えていようともかまいません。あなたが気になる。心配なんです。お願いです、私を無視しないで、自分からひとりになろうとしないでください。私を傍においてください。どうか――」

「……そっちの二人にあてられて、変な気分にでもなったのかい?」

「はぐらかさないで。私は本気です。ずっと好きだったんです。あなたは私の命の恩人で、その上、ダーチェスター家に働き口を世話してくれた。私がいまあるのはあなたのおかげです。この数年、どんなに幸せだったことか。身寄りのない私が、家族として迎え入れられ、帰る家を与えられた。あなたにはいくら感謝しても足りません」

 

 ナーシルの真剣なまなざしに堪え切れず、レベッカはとうとう顔を伏せた。

 胸の鼓動がどくどくと脈打つ。

 嬉しくて悲しいと、心が泣いていた。

 悲しくて嬉しいと、心が泣いていた。

 ……私も好きだと、告げることができたらよかったのに……。


「そんな昔のこと、いつまでも恩に着る必要はないよ。だいたい、今更なんだい。いままで一度だってそんなこと、言わなかったじゃないか」

「いままでは、あなたはふらふらとどこかへ行っても、いつも必ず無事な顔を見せてくれました。でも今度は、離れたら最後、二度と会えないような気がするんです。それに」


 ナーシルは口ごもって、言おうか言うまいか迷ったが結局口を割った。


「……私も少しは大人になったかと……」

「……え?」

「もう子供じゃありません。私はあなたより年下ですが、頼りないかもしれませんが、頼ってください。これでもローテ・ゲーテの男です。修羅場はくぐってきました。一通り悪事は叩き込まれています。詐欺、侵入、窃盗、略奪、誘拐、拷問、暗殺、証拠隠滅、それに護衛もできます。会計、接客、通訳もできます。家事全般、育児もできます。なんでもやります。いったいなんの『時間がない』のかは知りませんが、私を使ってください」


 レベッカはそっとかぶりを振った。


「時間がないっていうのは、そういうことではないんだよ。気持ちはありがたいが……」

「ちなみにあなたに拒否権はありません。もし万が一、私を置いて勝手に行方をくらますことがあれば、私は自決します。即刻首にこの鋼のナイフを突き立てて血の海に沈みます」

「まさか」

「おいていかれるくらいなら死にます」


 レベッカは絶句した。

 ナーシルがレベッカの耳元に口を寄せ、研ぎ澄ました声で囁いた。


「もし私のことなどどうでもよいのであれば、どこへなりと行かれるがいい。たとえあなたが振り返らずとも、私はそこで死体になって横たわっているでしょう」


 ナーシルはローテ・ゲーテ流の二面性の悪である方の笑みを浮かべて最後を括った。


「これが私の本気です」


 ワンクッション、です。舞台で言うなら幕間、あともう小一話かそこいらで、前世編突入です。

 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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