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千夜千夜叙事  作者: 安芸
第六話 二十一公主と呼ばれる者たち
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方舟

 しばらくラザが出てきません。すみません。

 ざあっと、砂が螺旋の形に渦巻いた。

 そのまま竜巻となり、ペトゥラ遺跡を覆っていた砂の海はなにか眼に見えぬ引力に呼ばれたように一気に外側へひいていった。

 それも彼らが立つ一部の区域を避けるように不自然な回避をした。

 その光景は自然の摂理の片らもなく、リアリを驚愕させ、またこんな大技を至極簡単にやってのけた者たちに対して強烈な畏怖を感じた。

 砂の下から輪郭をあらわにしたものは――

 

 荘厳なピラミッド。

 

 全景が視野におさまりきらないほどの大規模な三角錐の建造物だった。

 そして明るみに出たところで、色彩が変化した。

 砂色だった石が白亜に変わり、雲に隠れていた太陽が顔を出したところで、光をまとった透明に変貌した。

 だがどういうわけか、中は見えない。

 オルディハはリアリの微妙な心理を察したようで、少し物哀しげに声をひそめた。


「……方舟と言ったけれど、本来ここは、私たちのための隔離施設。おかえりなさいって言ったけれど、会えて嬉しいのも本当だけれど、覚醒していないのならいっそ憶い出さない方があなたのためにはいいのかもしれない、リュカオーン。あなたは、私たちの仲間で同志でもあるけれど、特別なひと。あなたは『二十一公主』と呼ばれるひとりではない。『新二十一公主』でもないの。あなたは二十二番目の要よ。いいえ、もっとも、その呼び名事体が私たちにはふさわしくない」

 

 オルディハの眼が陰り、悲哀にみちたものになった。


「私たちは『隔離された者たち』。それが正しい呼び名なの」


 リアリは混乱していた。

 奇抜な出来事の連続でどう受け止めたものか迷っていた。

 オルディハはゆっくりと続けた。


「私たちと居れば、リュカオーン、あなたは望むと望まぬと関わらず覚醒する。いまの生活に満足していてこれ以上なにも知る必要がないのなら、深入りは止めた方がいいわ」

「……あいにくと、天の邪鬼なもので、待ったをかけられるということをききたくなくなるのよね。私の名はリアリよ。リュカオーンなんて呼ばないで」

 

 リアリは、そもそも自分がここへなにをしに来たのか考えた。

 果たすべき義務を(まっと)うすること。

 それが新二十一公主に目覚めた者として必要であり、また王家の一員として避けられない問題なのだと覚悟したからだ。

 そしてここへ足を運んだのは、真実を探るため。

 真実を知らなければ、対処ができない。

 このままでは自分の望むままの結婚もままならず、普通の生活すら送れない。

 そして選択次第によっては、大切なひとを失うかもしれない。

 リアリは半仮面を外した。

 まっすぐにオルディハを、そして他の面子を眺めて言った。


「私、恰好いいこと言うつもりはないの。私は自分がよければいい。私は私の家族や友達、同僚や仲間が大切だから、大切なひとたちと普通に平和に暮らしたいだけ。そのために、尽くしたい。もしその日常が脅かされるというなら、その障害を除くために働くことは私の臨むところだわ。正直、いまのところあんたの言うことはよくわからない。私が『二十一公主』でないってんなら、そもそもここへ来たことの大前提がなくなるのよね。でも、まるで関係ないってわけでもなさそうだし、石竜は私の言うこともきいてくれたし、わけがわからない。全部説明してくれるって言うなら、ありがたいわ。でも、もし万が一話を聞いている途中で、私が、その『覚醒』してしまったら、記憶はどうなるわけ?」

 

 オルディハはリアリからあんた呼ばわりされても気を悪くした様子もなく答えた。


「私はハルモニア国で商家の娘として二十二年間過ごしたわ。覚醒したあともそのときの記憶は一片だってなくなってない。ただ、前世の記憶と『力』が甦るだけ」

「ああ、ハルモニアの出身だったの。道理でハルモニア語が達者だと思ったわ」

「心配しなくても、心は自分のものよ。急に人格が変わったりしないわ。ただ……色々と、見えてくるものはあるけれど」

 

 リアリはためらいを捨てた。

 『覚醒』がどうだというのだ。

 前世だろうとなんだろうと、自分のことなのだ、恐れる必要などない。

 このとき確かに、そう思った。


「お願いするわ。あんたたちの知っていること、全部教えてちょうだい」

 

 オルディハは白い歯を見せてにこっと笑った。


「じゃ、どうぞ中へ」

 

 なんの音沙汰もなく、リアリ達は瞬間的に移動した。

 ふっと、ほんの一瞬にみたない間に眼の前の光景が一変して、気がつけば砂漠独特の乾いた風が絶え、爛々と照りつける太陽光が遮られていた。

 ピラミッドの内部だった。

 階層に分かれているためか、見上げても三角錐の頂点は見えず、王城の吹き抜けの大広間より遥かに高い天井は平たく、仕組みの不明な人工灯が煌々と辺りを照らしていた。


「すごい」


 思わず感嘆して、リアリは物珍しそうにきょろきょろした。

 全体が石室の造りであるのに硬さがない。

 ところどころ凹凸があり、近づくと、等身大の鏡や化粧直し用の道具一式、背凭れの高さや角度の調整のきく肘掛椅子に書類書き用の机などが現れた。

 そして移動式の水盤が目の前に来て停まったので、興味半分に水に手を浸し、洗うと、強い風力で水滴を弾き飛ばされた。


「ここは……待合室?」

「ご名答よ」


 感心したようにオルディハはまた笑い、先を続けた。


「入口はもっとずっと下の階層。いまいる場所は上層部のちょうど中間層ぐらいね。ここから各階層、各区域別に通路が分岐するの。興味あるなら、話はあとにしてちょっと見学する?」

「いいの?」

「いいわよ。誰か案内人をつけるわ。そうね、スレイノーンとサテュロス、お願い。さ、他の皆は仕事に戻って」

 

 オルディハが解散を命じると、渋々ながらも指名のあった二人を残してあとは姿を消した。

 文字通り、消えた。

 しかしもはやこれぐらいでは誰も動じなくなっていた。


「リュカオーンはスレイノーンとサテュロスに任せるとして、よければオランジェとベルナンロッサ、エドゥアルド、ナインツェール、ルキトロスは向こうで話を聞かせて」

 

 だが、まず砂漠虎二頭がこれを拒否し、シュライザーも首を振った。


「俺はリアリ様から離れるわけにはいかない」

「オランジェとベルナンロッサは?」

「いいよ。喉も乾いたし、なにか冷たいものが欲しいね」

「そうだな」

 

 と言ってエルジュがあっさり傍を離れたので、ついリアリは憎まれ口を叩いた。


「あんた、私をひとりにしたくないんじゃなかったの?」

「ここに危険はない。完全に安全だ。おそらくいま、この台地の上で唯一な。それとも、私が近くにいなくては不安か? 片時も離れず、傍にいてほしい?」

 

 漆黒の眼が誘惑的に輝く。

 本気とからかいが混ざり合った声がリアリを逆なでした。

 冗談でしょ、という無言のしぐさをしてリアリはさっさと踵を返した。


「ディーク様はどうするの?」

「私はあなたについていく」

「ナーシルは?」

「私はレベッカ殿と一緒に行きます。お嬢様も、どうかお気をつけて」

「ん。レベッカを頼むわ。あとで話を聞かせて」


 ひとまず、ひと段落です。

 このあと、また新たな展開が控えているので、息継ぎを少々。

 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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