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千夜千夜叙事  作者: 安芸
第六話 二十一公主と呼ばれる者たち
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ひとり多い

 連続掲載、まだ続きます。

「いいかげんに、離れたまえ」

 

 刺々しい声の方角に首を向けると、わかりやすい嫉妬の表情でエルジュが睨んでいた。

 リアリははっとしてすぐに身を引いた。

 ディックランゲアの腕はリアリを抱きしめていた形で空にとまったまま、ややあって、名残惜しそうにおろされた。

 ディックランゲアはリアリを見つめて切なげに微笑した。


「……私はもう少しいまのままでいたかった。前にも感じたが、あなたは意外に華奢だ」

「だから別に華奢じゃないってば。……ちょっと、意外に、ってなによ」

「はじめて会ったときは男を足蹴にして背中に火をつけていたし、次に会ったときはいきなり口を塞がれて、少し馴染んだ頃には恐喝され、身元が判明した際には土砂降りの雨の中満身創痍の身で空から降って来た……ずいぶん、いや、ものすごく強靭な娘だと思ったものだ。しかし、抱いてみるとやはり女性だな。軽くて細いし、やわらかくて」

「それ以上言ってみろ、斬って捨ててくれる」


 エルジュの眼は剣呑に光り、声には殺気を帯びていた。

 ディックランゲアは口を噤み、自分の言った台詞を胸の内で反芻したようですぐに赤くなり、口元に手をあてて、リアリから眼を逸らした。


「お取り込み中のところ邪魔するがね、どうする、少し寄っていくかい?」


 レベッカが会話に割っていると、リアリは奇妙な現状にいっぺんに引き戻された。

 目の前に佇む、不審な九名と三頭の獣と一羽の鳥。

 そして、それ以上に。


「――ディーク様、『ここで会える他の公主の転生体』とはこのひとたちのことなの?」

「それは彼らに訊いてみなければわからない」

「じゃ、訊くわ」

 

 リアリは半歩引いて、右肘から上部を動かし、手の甲でシュラーギンスワントの胸板を小突いた。


「このひとたち、シュラの知り合い?」

「……はい」

「どういった知り合い? さっき、えーと、確か『エドゥアルド』って呼ばれていたわよね。それ、シュラのことなの?」

「……はい」

「じゃ、『リュカオーン』って誰」

 

 シュラーギンスワントは言いにくそうに、そして悲しげに、諦めたように言った。


「……リアリ様です」


 次にレベッカを見る。


「『ベルナンロッサ』って、レベッカのこと?」

「まあね」


 最後にエルジュを見る。


「『オランジェ』って、あんたのこと?」

 

 だがエルジュは返事をせず、知らんふりをしていた。

 リアリは頭にきて彼の襟元を掴み、ぐっと乱暴に引っ張った。


「……あんた、『エンデュミニオン』が自分だとかなんとかいってなかった? それともあの話はまた別件なわけ?」

「エンデュミニオン? あいつはこいつとは――オランジェとはまた別人だよ。……まあ、いまこの場にはいないね」

 

 レベッカのあっさりした説明にリアリは「嘘つき」と言ってエルジュの足を踏みつけた。


「まあそんなことは些細な問題よ。それで、肝心のところをまだ聞いていないんだけど。そこのひとたちと、あんたたちが、つまりその、『二十一公主』の転生体で『新二十一公主』なの?」

 

 ずばりと訊いてしまってから、早まったかもしれない、とリアリは悔やんだ。

 もしそうだと言われたら、どうしよう?

 そのリアリの問いを肯定したのは九人がうちのひとり、灰色大鷲を肩に留めた裸足の若い娘だった。


「いまはそう呼ばれているわ」

 

 流暢なハルモニア語だった。

 そしてレベッカをみて、


「リュカオーンは、まだ覚醒前なのね?」

「いまのところは」

「そう。残念。あなたがた、ぞろぞろ一緒に来たからてっきりみんな覚醒しているものだとばかり思ったの。まあいいわ、会えて嬉しい。おかえりなさい。リュカオーン、ベルナンロッサ、オランジェ、エドゥアルド、ナインツェール、ルキトロス」

 

 リアリは勝手に人名単語が増えたことに苛々した。


「『ナインツェール』と『ルキトロス』は誰なの」

 

 足元で、ライラとマジュヌーンが懸命に吠えた。

 さすがに面喰ってリアリは絶句し、恐る恐る、目の前の三頭の獣と鳥に注意をやった。


「……まさか、彼らも『新二十一公主』なの……?」


 薄着で裸足、ハルモニア語を操り、きちんと結った薄茶の髪に優しげな薄茶の瞳、背恰好はほとんど大差なく、飾り気のない、頭の回転の速そうな娘はにっこり笑った。


「私はオルディハ。あとは右から順に紹介するわ。ジルフェイ、ティルゲスター、ミュルスリッテ、クァドラーン、イズベルク、スレイノーン、ローダルソン、マジュリット、サテュロス、カッシュバウアー、ゼレバーニス、ライズジェガールよ。よろしくお願いね。あと足りないのは、エンデュミニオン、ゾルベットロー、ナディザードね。たぶん、遠からず会えると思うわ。もう時間もないし」


 リアリの横でナーシルの気配がびくっと緊張した。

 見ると、珍しく血相が変わっている。

 リアリは家人で同僚の顔を覗き込んで言った。


「どうかした、ナーシル?」

 

 リアリの心配をよそに、ナーシルはレベッカを直視した。


「以前、あなたも同じことを言っていましたね……」


 あいにく、時間はないよ。時間は……もうない――。

 

 レベッカが口を曲げて、頭を掻く。


「憶えてないね」

「いったいどうして、時間がないのです?」

 

 そこへディックランゲアが不審の声を挟んだ。


「おかしいな。『二十一公主』ではないぞ。ひとり、多い。これはどういうことだ?」

「えっ。それ本当?」

「ああ。リュカオーン、ベルナンロッサ、オランジェ、エドゥアルド、ナインツェール、ルキトロス、オルディハ、ジルフェイ、ティルゲスター、ミュルスリッテ、クァドラーン、イズベルク、スレイノーン、ローダルソン、マジュリット、サテュロス、カッシュバウアー、ゼレバーニス、ライズジェガール、エンデュミニオン、ゾルベットロー、ナディザード。全部で二十二名いる」

「一度聴いただけで覚えたの?」

「外交では一度に百人からの顔と名前を覚える必要があるのだ。別にどうということはない。それより、なぜひとり多い?」


 オルディハ、と名乗った娘がきつい陽射しに腕を翳しながら提案した。


「ここは暑いから、中で話さない? いらっしゃいよ、そちらの他の方々も紹介してほしいし、招待するわ」

 

 リアリはつい訊き返してしまった。


「どこに?」

方舟(はこぶね)に」

 

 悪戯っぽい笑みを浮かべて、仲間たちとそっと目配せし、半身をひらいた。

 特別な動作などなにもなく、言葉の暗唱や、道具の使用も、一切ないまま、劇的にそれは現れた。


 リュカオーン。

 ついに、リアリの前世の名前が登場。そして、方舟も。

 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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