甦りし魂の再会
物語の中盤です。
二十一公主、登場です。また勢ぞろいしていませんが……。
ペトゥラ遺跡。
深い断層が刻まれた岩丘がどこまでも続き、浸食作用によって削り取られた深い渓谷や枯れ谷にはかつて雨季となれば雨水が流れ込み、水の供給の確保を容易なものにしていた。
かつて遺跡は高地の特殊な地形を利用して造られ、礫砂漠にありながら、交通網が整備され、灌漑施設が完備された小都市だった。
だが“滅びの竜”の出現により破壊され、永き歳月の間に度重なった砂嵐にしだいに埋没していった。
いまや遺跡は完全に砂の海に沈められ、全体像はかき消された。
一行は縦に長く幅は極端に狭い天然の渓谷を辿った。
谷を挟む断崖絶壁は上に行くほど隙間が狭く、ほとんど天蓋のように覆いかぶさり、砂の侵入を阻む一因にもなっていた。
道は暗く、足元はごつごつして、揺れた。
そうして進むと、道の先が俄かに明るくなった。
突如として現れた見事な景観に魅了される。
天を突くが如く聳える砂岩の薔薇色の絶壁に、首が二つ、手が四本、足が四本、胴部はひとつの“完全なる存在”である“人間”が全面に彫りこまれていた。
風化作用のため傷みが激しかったが、それでもこの威容にはなにか心を打たれた。
少し道を進むと、渓谷は徐々にひろがりを見せた。
岩肌が低くなり、空が開け、視界も開けた。
と、同時に、突然進路を断たれた。
砂が侵食し、遺跡を埋めていたのだ。
「これ以上は進めない」と案内人が言った。
無理に進んでも遺跡など見られない、すべてが砂の下であると。
全景を見るには砂を完全に取り除くしかない、と諦め顔で首を振った。
とりあえず岩棚のつくる日陰に避難して、全員がラクダを降りて額を集めた。
「まだなにも見ていない。石竜の影も形も見当たらぬのでは話にならない。先へ進もう」
「だめよ、ディーク様はここにいて。進むにしても私たちだけで行くわ」
「おまえひとりでは行かせぬ。私も共に行く」
「あんたもだめよ。異国の賓客になにかあったら外交問題よ、おとなしく待っていてちょうだい」
喧々囂々と揉め、やり合うことほどなくして、不意に風が絶えた。
陽が陰った。
厚い雲が太陽を遮り、渓谷に影を落とした。
奇妙な静寂が落ちた。
陽炎の八名が無言でディックランゲアとリアリを囲み、臨戦態勢を敷いた。
さりげなさを装いシュラーギンスワントが一行の前に進み出て、ナーシルがレベッカの傍に寄った。
リアリも用心深く見えない位置でナイフを身構え、表情に変化なく、まなざしだけ鋭く辺りに走らせた。
囲まれている。
そのとき、一羽の灰色大鷲が飛来した。
白昼の緊迫した空気を切り裂くように、斜め頭上から降下してきて周囲を旋回し、急転回して正面の一際凹凸の激しい岩壁の頂めがけて飛んだ。
着地態勢のため翼を折り曲げ、羽ばたいて、失速する間合いを計ったかのように、どこからか突然、人影が現れた。
灰色大鷲はその人物の肩に翼を休めた。
太陽が雲から顔を出し、光が射す。
高みに立つ人物はこの炎天下で被りものも身につけていない、それどころかどうも裸足の薄着の若い娘で、意表を突かれた一行は一様に眼を瞬いた。
次々に、岩棚や岩壁、砂丘の上に動き現れる影。
年齢も容姿も服装もまちまちな九人の人間と三頭の獣。
この異様な遭遇にどう反応したものかと判断を決めあぐねていたとき、ひょっこりとライラとマジュヌーンが裸足の娘の足元より出でて、嬉しそうに勢いよくリアリのもとへ転がるように駆けて来た。
双方の緊張の糸がぷつりと途切れた。
リアリが前に屈み、ナイフを掌に隠したままライラを抱きとめる。
マジュヌーンはシュラーギンスワントがあやした。
誰かが言った。
「リュカオーン……?」
ざわめきがさざ波のように泡立つ。
次の瞬間、リアリは正体不明の九名と三頭の獣にもみくちゃに抱きつかれた。
どのように空間を移動したのか、八名の陽炎の盾などものともせずに空中より湧いて出で、間合いを零に詰めたのだ。
そして口々にはじめて聞く言語で喚き立てている。
リアリは一語も理解できなかったが、「リュカオーン」と言う言葉が固有名詞で、どうも人名であるらしいことはわかった。
そして、それが指すのが自分らしいことも。
あまりの出来事に茫然として、誰もリアリを庇えなかった。
さすがの陽炎も気味悪そうに顔を顰めながらディックランゲアの守りのみ固めている。
「いま――どうやってあそこからここまで来たんです?」
ナーシルが岩壁を指して、レベッカに訊ねた。
明確な答えが返ってくるとは思わなかった。
だが、
「飛んだのさ。一気にね。あんたたち、いいかげんにおしよ。その子が潰れちまう」
レベッカの怒鳴り声に振り向いたひとりが振り返り、叫ぶ。
「ベルナンロッサ!」
騒動に耐えきれぬといった渋り顔でこの場から一時身を退こうとしたエルジュを目敏く見抜いて、またひとりが叫ぶ。
「オランジェ!」
そして圧迫死寸前のリアリを助け出そうと前に動いたシュラーギンスワントに第二の抱擁攻撃がのしかかる。
「エドゥアルド!」
結局、リアリを救出したのは陽炎の手を振り払って駆けつけたディックランゲアだった。
リアリはなにがなんだかさっぱりわからないといった様子でディックランゲアに抱きとめられたまま、狂騒に湧き返るその様子を眺めた。
「……いったい彼らは何者なのだ。あなたの知り合いか?」
「わからない」
リアリはかぶりを振った。
否定したいのだが、否定もできなかった。
“リュカオーン”。
また頭痛がした。
最近頻繁に襲われる。
よくない兆候だろうと思う。
鈍い痛みに耐えながら、リアリは溜め息をついて呟いた。
「でも――彼らは私を知っているみたいね」
ペトゥラは、モデル遺跡があります。シリアのあの遺跡です。
実際目にしてみて、その景観に圧倒されて、使っちゃいました。
表現しきれない部分は、すみません。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。