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千夜千夜叙事  作者: 安芸
第六話 二十一公主と呼ばれる者たち
38/130

どこへでも どこまでも

 ディックランゲア&エルジュです。

 

 

 二十一カ国中第三位のローテ・ゲーテの国土のおよそ半分を占める、ラッサールサ砂漠。

 ペトゥラ遺跡は砂漠の南端、首都スライセンより徒歩で一日、乗り物を使っては約半日で行ける距離にあった。

 オアシスである首都から離れるにつれ、大地は徐々に渇きはじめ、やがて生きものの姿はまばらになり、天と地と、即ち、空と砂と岩の荒涼たる世界がひろがる。

 照りつける太陽のもと、極乾の地へと足を踏み入れた一行は、剥き出しの巨岩が織りなす奇怪な光景の山岳地帯を抜け、灰色の礫平原をいった。

 そしてまったく突然に、絶妙の曲線を描いて連なる巨大砂丘に遭遇し、さらさらと風紋を描く砂の世界に突入した。

 

 まず遺跡への案内人を先頭に、ディックランゲアと聖徒殿所属の陽炎八名があとにつき、次にリアリ、シュラーギンスワント、レベッカ、ナーシル、しんがりをエルジュが務めた。

 ライラとマジュヌーンは生まれ故郷の砂漠に帰れたことが嬉しいようであんまりにもはしゃぐので、リアリとシュラーギンスワントは二頭を自由にしてやることにした。

 シュラーギンスワントはナーシルのラクダを借り受け、ナーシルがレベッカのそれに同乗した。

 リアリは、陽炎らの強い勧めがあって、渋々ながらディックランゲアと同乗した。

 変化にとんだ起伏の砂丘を黙々と、延々と、ほぼ一列になって登っては下り、登っては下りを繰り返し、黄金色の無音の砂の斜面を辿ってゆく。


 砂漠虎の二頭だけが灼熱の暑さにもまったくめげずに、一行のまわりを元気に飛び跳ねている。

 どこまでも続く原初のままの砂のうねりが、深い静寂が、白熱が、一切の思考を奪ってゆく。

 太陽が中天にさしかかる頃、休憩をとった。

 簡易天幕を張り、日陰で休む。

 水と肉とチーズと乾いたパンの簡単な昼食を摂る。


「砂の上に、蜃気楼の川が見える」


 絶えず陽炎にゆらめく地平線を指差して、物珍しげにエルジュが指摘する。

 リアリは仮面を取り、汗を拭い、またつけ直しながら異国の王を見た。


「……あんた、具合はどうなの? 病み上がりのくせにこんなところまでついてきて……なんでこんな無茶するのよ?」

「おまえをひとりにしたくないだけだ。私はおまえから眼を離さぬ。手を離さぬ。心を離さぬ。二度と、決してな」

「あのねぇ、何度も言うようだけど、私はあんたの恋人でもなんでもないんだから、過剰な気遣いは無用よ。かえって心苦しいわ」

 

 エルジュは余裕さえうかがわせる微笑を浮かべた。


「私は私の好きなようにする」

 

 労わり深いまなざしが、誰かと重なる。

 ぼんやりとした残像は、しかし焦点を結ばなかった。

 エルジュに感じる少し後ろめたい思いを押し隠して、リアリは腰を伸ばした。


「そろそろ出発しましょう。遺跡は近いわ」 


 地上すれすれに絶え間なく移動していく砂また砂、刻々と変化し続ける砂山、稀に姿を現す破壊力抜群の流砂に削られた奇岩……そしてとてつもない規模の大砂丘を息も絶え絶えにようやく登り詰めたとき、眼下にひろがった光景に息を呑んだ。

 横長にふわっと連なる大砂丘の山脈。

 黄金色に燃えている。

 そして僅かに突き出た薔薇色の岩肌。

 よく眼を凝らすと、三角錐の頂点が垣間見える。

 ほとんど砂に埋もれた奇岩遺跡、ペトゥラである。

 

 今度は大砂丘を下りねばならなかった。

 ライラとマジュヌーンはリアリの制止の声を振り切って、遺跡へと突進していった。

 その尋常ならざる勢いにリアリは不安を募らせた。


「……なにあれ。異様に興奮しているみたい。遺跡になにかあるのかしら」

「あるかもしれない。ペトゥラ遺跡はなんといっても伝承の発祥の地でもあることだし、石竜の戻るところ、甦った二十一公主が再臨する約束の地とも伝えられているのだ。伝承の通りならば、あなたの他の公主らが既に集っていることも、考えられなくはない」


 耳元で、低く囁くように、ディックランゲアの声が響く。

 王城暮らしで暑さにはあまり免疫がないのではと心配していたのだが、意外にも体力があり、砂漠慣れしていた。

 

「……ディーク様はなぜ私に付き合ってくださるの? そもそもこんな危険を孕む視察をよく王がお許しくださいましたね」

「二十一公主に関連する事柄はすべて王家預かりゆえな、どんなに危険でも見定めねばならぬ。ましてやあなたが関わっているのだ、私はどんなところへでも行く用意がある」

「だから、どうして」

「あなたが心配なのだ。いけないか」

 

 リアリは身を固くした。

 ラクダの背に揺られ、ディックランゲアの腕に囲われているいま、雰囲気が危険なものになりそうな気配を察した。


「私は腕っ節弱く、喧嘩では誰にも勝てないが、降りかかる危険からはあなたの盾や身代わりとなるくらいはできる。頼りなくてすまないが、せめてそのくらいは務めさせてほしい。本当は、もっと恰好よくあなたを守ることができればよいのだが、あいにくと私では力不足だな。せいぜい一緒に殺されるくらいがおちだ。はは、情けないな」

 

 自嘲気味に笑う声がくすぐったいほど甘い。

 リアリは聞きなれない単語の連発に、一瞬だけ、ぐらっとした。


「……あのねぇ、いまこんなときに全力で口説かないでくれない?」


 ディックランゲアはびっくりした。


「いまは口説いてなどいないぞ」

「口説いているわよっ。思いっきり! 気づいていないならよほどの天然たらしよ!」

「た、たらし? わ、私が?」

「……無自覚なのが余計に腹立つ。こういう男が一番たち悪いのよね……くそっ、ちょっとでも動揺した自分にもむかつくわ。最低。もう黙ってよ。口利いても応えないからね」


 憤然と言って急に黙りこんだリアリの頬がうっすらと赤いのを見て、ディックランゲアがぷはっと笑った。


「あなたはなんてかわいらしいのだろう」

 

 そう言うと、リアリはますます怒ったふりをした。


 アラビア世界を旅したときに、砂漠の魅力にとりつかれました。

 砂漠――。

 なにもない土地。あるのは荒廃と空と風。日本では得られない体験でした。

 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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