いざ砂漠へ
連続投稿いきます。
翌、早朝。
金色の陽射しが家屋を縁取り、新しい洗浄された空気の中、リアリは城下町の旧“アンビヴァレント”跡地に立っていた。
目の前には卵型の巨大な石の塊。
長年住んだ住居を押し潰した元凶である。
リアリの目深にかぶった黒いベールの裾が風になぶられる。
しばらく黙って石塊を見上げていたリアリは、意を決して唱えた。
「アッシュ」
すると、卵からヒナがかえるように、瞬く間にやわらかく石化が解けた。
朝の光を眩しそうにその聳える巨躯に受けながら、全体的に深い緑色をした竜は器用に首を伸ばしてリアリにすり寄るようにやや身を沈めた。
間近に迫った黄玉の瞳は、驚くほど優しかった。
いかにも嬉しそうに喉を鳴らすさまは、神の獣である竜と言うより、人懐こい巨大な鳥のようだ。
リアリは、憎めない、と思った。
愛おしい、とさえ思った。
そして、ふと、既視感を覚えた。
この獣の眼を知っている、と。
――なぜだか、わからないけれど。
リアリがおずおずと手を伸ばして首筋を撫でると、竜は気持ちよさそうに眼を細めた。
リアリはそっと命じた。
「行って――おまえの行くべき場所へ」
竜は首を元の位置に戻し、水かきのような形態の骨ばった翼を左右に押しひろげた。
むん、となんともいえぬ黴臭い異臭が漂った。
鉤爪のある三本指の両足が地を蹴り、巨体が浮くと、羽ばたきとともに上昇し、くるっと方向転換すると砂漠の方角へと飛び去った。
爆風を浴びた反動でリアリが後ろに吹っ飛ばされそうになったそのとき、力強い腕が左右の肩を抱く形で抑えつけ、支えてくれた。
「……おまえは細すぎる。私としてはもう少し肉付きが良いのが好ましい」と、エルジュ。
「あなたは女性で華奢なのだから、無理をせず、もう少し男を頼るべきだ」と、ディックランゲア。
二人に押し退けられた格好のシュラーギンスワントは一瞬だけ態勢を崩した。
が、すぐにはっとして二頭の砂漠虎に「待て!」を命じた。
もう一瞬遅ければ、リアリに気安く近寄ったことで獲物に位置づけられた二人の貴人に飛びかかって引きずり倒していたことだろう。
いまとて、ライラとマジュヌーンのどちらとも攻撃したくてうずうずしている。
「だめだ。理由は、わかっているだろう」
リアリはシュラーギンスワントが二頭を抑えつけたことに安堵して、エルジュと王子の両方の手を退けた。
「私は特に痩せてもいないし、華奢でもないわ。頼るなら、他を頼るから、あんたもディーク様も私にはかまわずとも結構よ」
まず、エルジュが露骨に機嫌を損ねた険しいまなざしを向けた。
「あんたではなく名を呼べというのに。あんまりわからずやだと、実力行使するぞ。その口を私の口できつく塞いで、名を呼ぶまで放さぬが、よいのかそれでも」
一呼吸遅れて、王子は傷ついたように眉根を寄せた顔を向けてきた。
「私が傍にいるのに、なぜ他を頼るなどと申すのだ。それほど私が嫌いなのか」
そしてリアリが口を開くより先に、エルジュとディックランゲアが睨み合った。
「……聞き捨てならんな。そなたより先に私はリアリの傍にいたのだ。ずっとずっと昔からな。リアリは私のものだ」
「そうやってリアリ嬢の気持ちも都合もおかまいなしに手をだすのはやめていただきたい。ゆくゆくは私の妻になる方だ」
「あんたたち、一生そこでそうやってなさいよ。シュラ、レベッカ、ナーシル行くわよ。ライラ、頼むわね」
リアリは不毛な問答に見切りをつけるように匙を投げて、ひらっとライラの背に乗った。
既に竜の姿はあとかたもない。
本当にペトゥラ遺跡に向かったのかも定かではないが、とにかく、行ってみることにした。
行けば、なにかがわかる。
今朝も見た、あの夢。
ただの夢とも思えない、悲しい叫び……。
そして、カイザの理由不明のそっけなさ。
漠然としたなにか途方もない規模の予感が、狂おしくリアリの胸を急きたてた。
不安だった。
どうしようもなく。
こんなとき、ラザがいてくれたら……。
リアリはぱちんと自らの手袋を嵌めた手で両頬を挟み打った。
「……って、ローテ・ゲーテの女がこんなに情けなくてどうするのよ。自分のことは自分で解決するの、あったりまえじゃないの」
医療用具と野外宿泊用の諸々の道具や食料を詰めた物入れを積み、簡素な旅装を整えて、一瘤ラクダに乗ったレベッカが、単調な口調で先を促した。
「さ、行くなら行こう。陽が昇りきったら暑くて砂漠など横断できるものじゃない」
リアリは頷いて、半仮面とフードをかぶり直して言った。
「そうね。――行きましょう」
砂漠の旅。
描写をしたかったので、ちょっと丁寧に書いています。
なので、読みやすいよう、短め掲載。
時間のある方のみおつきあいください。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。