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千夜千夜叙事  作者: 安芸
第五話 望み
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誰よりも愛した

 ナーシル、グエン、ベスティア、パドゥーシカはお店の仲間。

 シュラーギンスワントは口数の非常に少ない護衛です。

 ライラとマジュヌーンは砂漠虎のメス・オス。


「……こんなところでなにもせずに愉しいの?」


 リアリの素朴な疑問にエルジュは艶めかしく微笑み、答える。


「愉しいね」

「あんた変わってるわ。やっぱり王族って連中はものの価値観や常識の基準が庶民と違うのね。言っとくけど、私、時間を大事にしない人間は嫌いよ」

「くっ、はははははは。私を変人呼ばわりするとは、おまえこそどうかしているぞ。自慢だが、侮辱屈辱恥辱汚名罵詈雑言を黙って甘受する私ではないわ。非礼をはたらいた輩はすべて斬って捨ててきた。親兄弟親類縁者血縁全員だ。その私にこれほどあからさまな口を利くとは、おまえくらいだぞ」

「悪い?」

「いや、悪くない」

 

 リアリは肩を竦めて接客に戻るため半身を返した。


「暇ならせめて書物でも読むか、部屋で横になって休めばいいのに。まだ長時間座っている姿勢は辛いでしょうが」


 背凭れの高い豪奢な肘掛椅子に悠然とおさまったまま、長い脚を放り出し、エルジュは腹の上で十指を組んだ。


「暇ではない。おまえを見ているのだ。退屈などしておらぬ」

 

 黒い双眸に甘さが滲み、細められた瞳に、不覚にもリアリはどきっとした。

 黒装束など見慣れているにもかかわらず、エルジュの装いは黒髪黒瞳と相まって、一際色気がある。

 なんだか悔しいので、そんなことは口が裂けても認めないが。


「もうすぐお茶の時間だから、それまでおとなしくしてなさいよ」

 

 そうしてすぐにまめまめしく動き回る。

 王宮の一角を借りて営業を再開した“アンビヴァレント”は連日大盛況だった。

 ローテ・ゲーテを訪れた観光客の道案内、遊び方、愉しみ方、お勧めの店、催事の知らせ、通訳、揉め事の仲裁、不始末の助手、その他諸々、ほとんどなんでも請け負った。

 地の利を生かし、ここぞとばかりに商魂逞しく、次々と企画をうちたてた。

 王城見学ツアー、七宮見学ツアー、王城でお茶会、食事会、などなど、日替わりの催しも集客を後押しし、何カ国語も操れる人間が応対することもあって、客足は途切れることがなかった。

 リアリを筆頭に、ナーシル、グエン、ベスティア、パドゥーシカはてきぱきとよく働いた。

 シュラーギンスワントさえリアリの傍にいながら役立っていた。

 ライラとマジュヌーンすら部屋の片隅で置物と化したようにびしっと待ての姿勢を保ちつつ、不審者の侵入に睨みを利かしていた。

 

 そんな様子を、来賓席として設けられた一席にて、ルクトール王エルジュは黙って見つめていた。

 肘掛に肘をつき、手首に頬杖をついて、面白そうにリアリの姿を追う眼は傍目にも優しく、情にみちていた。

 その冷やかながらも整った美貌は人目を惹き、注目を集めてはこっそりと噂された。デートの申し込みが相次いだが、リアリは危険と見込んですべてを断った。

 

 休憩時間になった。

 “休憩中”の看板を下げ、お茶を淹れる。めいめいが好き勝手な場所に寛ぎ、一服する。


「今日の紅茶はオレンジ・スパイス、お菓子は、はちみつとバターとシロップとレーズンがたっぷり練り込まれたヤヤの店の今月のおすすめ焼きケーキですよー」

 

 ベスティアがいそいそと切り分けたケーキをお茶と一緒にリアリがエルジュのもとへと運んできた。

 エルジュはためらいながらも礼を言って受け取ったものの、手をつけるべきか否かとちょっと悩んだ末、すぐ傍に陣取ったリアリに訊いた。


「……これは、先日政務宮の役人を使いものにならなくしたという恐るべき甘味か……?確か、王弟と王子もしばらく床についたと聞いたが」

「ごほ」

 

 リアリは噎せた。

 その“事件”は後から知ったのだが、知ったときには既に遅かった。


「……違うわよ。でもいらないなら残しなさいよ」

「いただこう」


 ゆっくりと食すエルジュを胡散臭そうに眺めながら、リアリは訊いた。


「ねぇ、あんた幾つなの」

「三十だ。おまえは?」

「十九。年齢よりずっと若く見えるわね。奥さんは?」

「おまえだ」

 

 リアリは両手で支えた茶器の淵に口をつけたまま、向かいのエルジュを睥睨した。

 エルジュは顔を顰め、睨むなというしぐさをして、渋々訂正する。


「おまえの予定だ」

「あんたの妻になんてならないわよ」

「あんたはよせ。エルジュと呼べ」

「そう呼んでほしいの?」

「ああ」

「名前で呼んだら、答えてくれる?」

「あらいざらい答えたら、憶い出してくれるか?」


 二人は相対した。静かな火花が散った。

 少し離れたところでは、仲間たちが事の成り行きをじっと静観している。


「最近いろいろ新しい事実が発覚して、結構深刻な事態に滅入っていたんだけど、もうね、悩むのはやめたの。うじうじぐだぐだするのは性分じゃないわ。ただでさえ忙しいんだから、陰気に落ち込んでいる暇なんてないのよ。だからあんたも、なにを知っているのか知らないけど、とっとと話しなさいよ。あんた誰? 私のなに?」

「恋人だ」

「ひっぱたくわよ」

「いくら叩いてもよい。だが本当のことだ。おまえはすっかり忘れているようだがな」


 はーっと嘆息して、リアリは仮面の眼にかかった髪を掻きあげた。


「あのねぇ、私、生れてこのかたラザ以外の恋人を持ったためしがないの」

「その前だ」

「なんですって?」

「おまえの前世で、私たちは恋人同士だった。深い――深い想いで結ばれていたのだ」

 

 突拍子もない展開にリアリは唖然とした。

 エルジュはふざけている様子もなく、淡々と言葉を継いでゆく。


「不運にも添い遂げることはできなかったが……来世を誓って、私たちは別れた。使命の果てに、互いの魂魄の色を記憶して輪廻の輪に還ったのだ。そして、悠久にも及ぶ永き時を経て再び出逢った。私はおまえを見出した……幾千億ものひとの中から、ただひとりのおまえを……」


 俄かに、リアリの脳裏に、ちかっと鋭い光が疾った。

 一瞬の眩暈。

 なにかが、閃いた気がした。


「……あの、夢は……」

「夢?」

「……あんたなの?」

「どんな夢だ」

「置き去りにされる悲しい夢よ。誰かが私をおいてどこかへいってしまう……あれは……」

 

 不意に、強烈な頭痛に見舞われてリアリは呻いた。

 その場に蹲る。

 仮面がずり落ちた。

 たちまち仲間たちが気色ばみ、馳せ寄ってくる。


「どうした」

「大丈夫ですか」

「苦しいの? 辛いの?」

「すぐレベッカを呼びます」

 

 身振りでそれを制して、リアリは深呼吸をした。

 呼気を整えてから、蒼褪めた顔を上げる。

 過剰に美しい細面の美貌がエルジュに向けられた。


「……エンデュミニオン……」

 エルジュの眼が驚愕に大きく瞠られる。

 椅子から身体を浮かせ、引き寄せられるようにリアリのもとへいって、跪いた。

 リアリは、間近に深く、瞳を覗きこまれた。

 エルジュの瞼が上下し、黒い瞳が見え隠れする。

 なぜか苦痛に蝕まれた形相で深い溜め息を吐いて、エルジュは動いた。

 腕が重たげに持ち上がり、心臓を指す。


「それは、私の名だ」

 

 掠れた声が、一拍間をおいて、繋がれる。


「おまえが誰よりも愛した男の名だ」


 本日は連日投稿日和。外は雪。

 展開がくるくるとせわしいですが、どうぞおつきあいください。

 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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