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千夜千夜叙事  作者: 安芸
第五話 望み
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向けられた背中

 ばちばち弾ける展開も好きですが、暗澹と物憂げな雰囲気も好きです。

      

「カイザ、入るわよ」

 

 午後、病室に顔を出したリアリは驚いた。


「ちょっと、なにしてるの!」

 

 カイザはちょうど着替えている途中で、半裸だった。

 鍛えた身体に厚く巻かれた包帯が痛々しい。

 傍では既に身支度を整えたエイドゥ・エドゥーがレベッカとわあわあやりとりしている。


「まだ寝てなきゃだめじゃない。無理したら傷がひらくわよ」

「もう大丈夫だって。これ以上寝ていたら暇で死ぬ。店に戻る」

「怪我したときくらいおとなしくしていなさいよ。だいたい、暇ってほど暇してないでしょ。ベッドにまで仕事持ち込んでいたくせに」

「長老連が嫁をとれってうるさいんだよ。毎日来るんだぜ、つきあっていられねぇっての」


 カイザはいつものように黒一色の出で立ちを整えた。

 無言で袖口を直すさまは、少し痩せたせいもあって、凄味を増している。

 リアリはレベッカ、と横合いから声をかけた。


「ねぇ、カイザ、本当に動いても大丈夫なの?」

 

 レベッカはエイドゥを押しやって、リアリにどさっと、布包みを手渡した。


「だめって言ったところでききやしないんだから仕方ないよ。まったく、どいつもこいつもわからずやばかりさ。これには治療薬と煎じ薬と処方箋が入っているから、あとでよく読んどくれ」

「わかったわ、ありがと。ね、どいつもこいつも、って、他に誰のことよ」

「エルジュ王さ。会議だの会見だの視察だの、予定が詰まっているとかで、怪我した翌日から連日出歩いている。昨日は昨日で、あんたを捜してわざわざ城下町までいったくらいで――」

「え?」

 

 レベッカは失言だと気づいたようで、口をつぐんでしまう。

 リアリが追求しかけたところに、カイザがぬっと、顔を突き出してきた。


「お嬢、どっかいくのか」

「ちょっとね、最長老のお宅へ」

「じゃ、送っていく」

「シュラがいるから大丈夫よ」

「俺が一緒にいたいんだ」


 カイザはエイドゥに話をつけて、先に店に行くようにいってから、振り返った。


「少しくらい、俺と二人きりでもいいだろ」


 そう言ったカイザの眼はいつになくもの侘しげで、リアリは断ることができなかった。


「……どうかした?」

「ん? なにがだ?」


 明灰色の双眸は陰りを帯びて、深い。

 問いかけるような、問い詰めるような、迷っているような、狂っているような、おちつきのない色を浮かべている。

 リアリが見つめる前で、カイザは眼を逸らした。

 ごまかすような、浅い笑い。


「いこうぜ」


 釈然としないまま、リアリはカイザの腕に促されて部屋を出た。


 


 城下町の雑踏にまぎれて歩く。

 午後のちょっと遅い昼食をとるひとびとで、周囲は賑わっていた。

 カイザはリアリの手を握って、人波をすいすいと縫って行く。

 怪我など微塵も感じさせない動きだ。


「ねぇカイザ」

「あー?」

「お願い。エルジュ王のこと、今回だけ見逃してちょうだい」


 うんと言うわけがない。

 なにしろ一時危篤の状態にまで陥ったくらいだ。

 まさに瀕死の状態、本気で危なかったのだ。

 いくら相手が異国の王と言えど、なんの報復もしないなどありえない。

 だが、


「お嬢の頼みなら、仕方ねぇな」


 あっさりと承諾されて、リアリは拍子抜けした。

 却って疑り深くなってしまう。


「いいの? あとから闇討ちとか、奇襲とか、暗殺とかだめよ?」

「しねぇよ」


 寡黙な背中がなんだか遠く感じられて、リアリは急に寂しくなった。

 カイザの様子が、よそよそしいような気がする。

 そのくせなにか隠しているような、奇妙な後ろ暗さをにおわせている。

 リアリはカイザの手をぐっと引っ張った。

 カイザが怪訝そうに振り向く。


「なんだか、カイザらしくない」

「え、なに」

「だっていつものカイザなら、『ぶっ殺す』とか『拷問送りにしてやる』とか『ふざけんじゃねぇ』とか、必ず言うのに。潰された家の件もなんにも言わないし、昨日のことだって……私がラザとデートしたこと、知っているんでしょう? いつもなら『兄貴だけズルイ』とか『俺も俺も』とか、絶対食い下がってくるのに。なんで、なにも言わないの? おかしいわよ、あんた」


 するり、とカイザの手が離れる。

 虚脱したように力なく佇むカイザはいつになく儚げで、リアリはたじろいだ。

 永遠に消えない傷を負ったような眼が、リアリを映したまま、細められる。

 喧騒と衆人でごったがえしているのに、胸を突かれるような寂寞感がある。

 もの言いたげに、カイザの薄い唇が上下した。

 しかし言葉を紡がないまま、カイザは虚ろに微笑して、身を翻した。

 顎をしゃくり、先を促されて、渋々リアリはあとを追う。

 それは、どこかで見たしぐさだと、思った。

 脳内映像とかぶる人影。

 しかし相手の顔は不鮮明だ。

 それきり、最長老の家までカイザは無言だった。

 着くなり姿を消してしまう。

 リアリはひとごみにまぎれたカイザの後ろ姿に、泣きたいような気持ちで悪態をついた。



 次話、リアリが最長老のもとへ直談判に参ります。

 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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