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千夜千夜叙事  作者: 安芸
第四話 我儘に、我がままに
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あなたを離さない

 デート編、終了です。

 

 この日、リアリとラザのデートはひととき城下町を混乱に陥れた。

 道行く人々の大半がリアリにみとれて、唖然呆然陶然のどれかの状態になり、歩くのも話すのも動くのもやめた結果、人身事故多発、交通事故多発、偶発事故多発、しまいには警備隊が出動する始末になったほどだった。

 地元の人間はラザの身分も本性も知るところだったので、彼を見るなり慌てて忙しいふりで家に飛び込んだり、物陰に隠れたり、やりすごしたりした。

 しかし観光客やそのほか大勢の人間は、その美しさにあてられたままふらふらと二人のあとに続いてしまい、レニアスに冷たくあしらわれ追っ払われた。

 そんなことが延々と続き、鳥類緑園に到着した頃には、未練がましく少し距離をおいてついて来た群衆と、諦めの悪い連中に腹を立てたレニアスとシュラーギンスワントの間で衝突が起きた。

 しかしそんないざこざには目もくれず、リアリとラザは規定の料金を払って、巨大な天幕に覆われた鳥類緑園に入った。


 園内は蒸して暑かった。

 換気はしていても、空気はむっとこもっていた。

 ローテ・ゲーテ産の葉は厚く表面に光沢があり背の高い観葉植物類やシダ類、蔓類が植生し、その緑のまにまを色鮮やかなオウムが飛び交ったり、安らいだり、眠ったりしていた。

 あちこちに据えられたベンチの傍には餌箱があり、餌代をいれることによって自由に餌やりを楽しむことができた。

 リアリは二つそれを買い、箱から出してしばらくすると、匂いを嗅ぎつけたオウムの群れにほぼいっせいに飛びかかられた。


「いたっ、いたたたた、ちょっと、腕にそんなに強くしがみつかないの。頭の上もだめっ」

「……そういう目に遭うとわかっていてどうして餌をやるんです」

「こら、もうない、もうないわ。終わりよ、終わり。また次ね」


 ギャアギャア甲高い声をたて、翼をバサバサと上下させておかわりを要求するオウムらをつれない態度で押し返し、ようよう解放される。

 もみくちゃにされたリアリは髪と服を整えながら、少し離れたところで軽く腕を組み、傍観を決め込んでいたラザのもとへといった。


「たかられるのが楽しいのよ。あんたもやれば?」

「いやです」


 きっぱりと言い切って、ラザの腕が持ち上がる。

 白手袋を外して、長い指でリアリの髪を撫でる。

 そのしぐさは優しく、心地よく、ようやくリアリはざわついて落ち着きを失っていた心が鎮まるのを感じた。


「……さっきの話の続きだけど、私、カイザが大事よ」

「……へぇ」


 眼帯に覆われていない、片方の明灰色の瞳がぎらっと猛る。

 だが怯まず、リアリは続けた。


「カイザだけじゃなくて、ルマ義母もキースルイ義父もシュラーギンスワント、ナーシル、グエン、パドゥーシカ、ベスティア、ライラとマジュヌーンも――それにエイドゥやレニアスやロキスセンセイも大事。家族や友達は皆大事。だから、皆になにかあったらまた動転すると思う。でも、一番大事なのはラザだから」

 

 リアリはラザの冷たい手をとって、頬に押しあてた。


「……ラザが私を必要としているんじゃない。私がラザを必要としているの。だからお願い、無茶しないでよ」

「……なんの話です?」

「朝、出がけに少し小耳に挟んだのよ。ここ数日、正確には七日前から、カスバの長老連中や子供たちも総動員させてなにか調べているんですってね? なにを目論んでいるの?」

 

 やにわに、リアリはラザの襟首を捩じり上げてぐいと手前に引き寄せた。

 間近に、目深に、聖徒殿で最も敵にまわしてはならない男――千の名を持つ男の眼を覗き込む。


「レニアス」

「大丈夫。人払いした。近くには誰もいねぇ」

「シュラ」

「こちらもです」

「ライラとマジュヌーンは」

「外で見張らせています」


 シュラーギンスワントの答えに満足したラザは、詰め寄ったリアリをひょいと抱き上げた。

 近くのベンチに連れて行って座らせると、その足元に片膝をついて話しはじめる。


「いま聖徒殿には十六名の上一位がいます。そのうちのひとりが僕、そして最上位が僕です。今度の鎮魂祭でも主神への奉納の舞を納めるのも僕が最上位だからです。そして通常、卒殿の資格を得ている上一位の者は鎮魂祭の終了と同時に卒殿し、そのほとんどが市井の民を装って王都スライセンの守りを固めるために働く職に就きます」

「でも、だったらおかしいわ。あんた、去年も、その前も、その前の前も、前も前も前も鎮魂祭で舞ったじゃない。それってずっと卒殿資格を得ながら卒殿させてもらえなかったということ? なぜ?」

「僕が、聖徒殿主長の次期候補者だからです」


 リアリは絶句した。

 寝耳に水の知らせだった。

 しかし話はまだ終わりではなかった。


「このローテ・ゲーテにおいて、もっとも会うことが難しいとされる人物は三人います」


 ラザはいったん言葉を区切り、やや声を落として先を続けた。


「聖徒殿主長、その守護番人、そして千里眼がそうです。王家の誰でもないんですよね、意外でしょう? でも考えてみれば、僕も、一度も聖徒殿主長の顔を見たことがないんです。訊けば、主長に面会できるのはごく僅かな人物だけだそうです。ずっと聖徒殿の地下深くに引きこもって、古より代々引き継がれてきた、なにかとても大切な務めを担っているとか」

「待って」

「まあそもそも聖徒殿自体が元来秘密保持機関で、ある“秘密”の漏洩を阻むための組織、そのために生まれた暗殺部隊だったらしいです。その“秘密”というのが、どうも、初代ローテ・ゲーテ王――即ち、建国の祖、二十一公主ジリエスター公に深く関わりがあるようですね。まだ肝心の“秘密”の内容まではわかっていませんけど、目下調査中です」

「待って、ラザ」

「聖徒になりたい者が聖徒殿に入殿するためには資格は一切不要で身上調査もなにも面倒はないんです。ただ、入殿してから卒殿までは聖徒殿の掟に則らなければなりません。それが唯一無二の規則なんです。問題は、自由に卒殿できないことと、もし聖徒殿主長に直々に正統後継者と指名されれば断れないということなんです」

「――待ってよ」

 

 リアリは震える声で叫び、ラザの眼帯を毟り取って、まともに視線をぶつけた。


「もう二度と会えないひとになるかもしれないってこと?」

「後継者に決まれば、そうです」

「いや」


 リアリの声が掠れる。


「絶対にいや」

「僕だっていやです。だからいま、使える人員を総動員して対応策を模索中です」

「それで忙しかったの?」

 

 ラザは答えなかった。

 だがそれが答えだった。

 リアリはラザの首に腕をまわしてぎゅっと抱きしめた。


「どこにも行かないって言って」

「あなたをおいてなど、行きません。僕がどこかへ行くときはあなたも一緒です。たとえそれが地獄の果てだろうと、奈落の底だろうと、死出への旅立ちだろうと離しません」

「いいわ。それでいい。もう置いていかれるのはいやよ。二度とごめんだわ」


 きつい口調になってしまったのは、あの夢のせいだ。

 あの夢は、ただの夢ではないのかもしれない。

 誰かが私を置いていった。

 私は引きとめられなかった。

 私はそれをひどく悔いていて、苦しく、悲しく、嘆くことしかできずにいる。

 そして置いていかれるくらいなら、どんなひどい目に遭ってもいい、連れて行ってほしいと願っている――。


「好きよ、ラザ」

 

 リアリはラザを抱きしめたまま、首に顔を埋めて囁いた。

 

 


 その様子を、今朝からずっと姿の見えないリアリをようやく捜しあてたエルジュ王が目の当たりにした。

 エルジュ王の傍にはナーシルには黙って出てきた、医者としての義務より付き添っているレベッカと通訳兼見張り役としてついてきたロキスがいたが、エルジュ王諸共、レニアスに接近を阻まれて立ち往生していた。

 その目前の出来事である。

 エルジュ王は立ち尽くしていた。

 冷酷非道でならした評判など欠片もないほど、その眼は慟哭にみちていた。

 リアリとラザの間に割って入るかと思いきや、エルジュ王が無言で踵を返したので、慌ててレベッカとロキスはあとを追った。

 黒い出で立ちの毅然とした後ろ姿を見送りながら、レニアスは指で額を掻いた。

 聖徒の仕事で培った勘が告げている。

 あの男は、災厄を運ぶ存在だと。


 次話より、第五話開始です。

 ディックランゲア王子、エルジュ王、そしてカイザの出番ですね。

 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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