甘い報復
ちょっと脱線気味ですが、たまに空気を軽くしないと。
アンビヴァレントの連中は、人畜有害ですが、結束は固いです。
「ヨーグルトクリーム・カスタードクリーム・チョコレートクリームにニンニクとエビとアボガドとスライスした玉ねぎを挟んだ、揚げパン屋ククリーの新作、未知との遭遇第二弾!」
と、ベスティア・ノーチェ。
「四十七の香辛料をまぶしてカラッと焼き上げた絶品! 亀と蛙とイグアナのパテを挟んだ濃縮オイスターソースたっぷり生クリーム添えサンドイッチ」
と、グエン・アルヒスタ。
「小麦粉、卵、バター、砂糖の代わりに蜂蜜使用、魚肉にココナツ・ソースとバナナ・ソースとマンゴー・ソースをあえて混ぜて蒸した、気絶卒倒受け合いの期間限定饅頭です」
と、ナーシル・グラトリエーレ。
「世界二十一カ国の甘味料のすべてを味わえる昇天するほどの激甘プリンに、カラメルではなく緑黄色野菜のソース、アクセントに山椒、マスタード。“こんなお菓子みたことないプリン”の登場ですよ」
と、パドゥーシカ・アート。
そして、試食。
全員が悶絶して倒れた。
「こんなの人間の食いもんじゃねぇー!」
「……う、吐く。誰です、こんな腹を下すどころか幽体離脱しそうなくらいのまずい食べ物を買ってきたのは!」
「あんた、ゲテモノ好きにもほどがあるわよ! 変なもの食べさせないでよッ」
「もうダメです。わたくし、逝きそうです。さよなら、いままでありがとう」
王城の一角にて、観光案内業務を請け負う“アンビヴァレント”は、無事営業再開にこぎつけた。
いまは休憩中で、昼食後のデザートのひとときである。
ちょうどその場に居合わせたレベッカ・オルシーニは、ごくまともな質問を繰り出した。
「……リアリはいないようだね。こりゃ、なんの騒ぎだい?」
ナーシルが床に這いつくばりながら答える。
「選りすぐりの珍品菓子の批評試食会です。この中で、一番強烈にすごいものを選んで、今日のうちに大量注文して、明日、王弟殿下への挨拶の手土産にするのです。このたびの引っ越しでは大変お世話になったので、そのお礼も兼ねて」
「ちゃんと王子様にも持っていきますので、その分も発注を忘れないくださいな」
「ああくそっ、目が回る。城の奴らにこんなもん食わせたら免疫なくて即死じゃねぇの?」
「いいのよ、うちをメチャメチャにされたのよ? このくらいの報復がなんだってのよ。おまけにお嬢様まで持っていこうとするなんて許し難いわ。いっそ毒でも盛りたいくらい」
パドゥーシカの発言に、他の連中がぽん、と手を打つ。
眼が据わる。
どの顔も邪悪な笑みで綻んでいる。
「……やあ、それは名案ですね」
「……ああ、名案だな」
「……少しくらいなら、いいんじゃないかしら。私、いい毒持ってます。使います?」
話が段々と危険な具合に発展していったので、レベッカは一応止めることにした。
「そういう秘密の相談事は、医術師たる私の耳の聞こえないところでやってくれ。それにしても、そんなにまずいのに完食するのか」
ナーシル達はまずいまずいと言いながらも、口を動かしている。
「まずくても食べ物に罪はありません。お金を出して買った以上、食べきるのは当然です」
「まずいけどな」
「死にそう」
「気絶しそう」
「あと少しです、頑張りましょう。ついでに言うと、休憩時間はあと十五分です」
「これ、選ばないで全部買おうぜ。まとめて食ったら致死量だ。放っておいても死ぬって」
レベッカは手近にあった来客用の椅子を引いて横向きに腰かけた。
肘をかけるのにちょうどいい高さの背凭れに腕をかけ、顎をのせて、ちょっと距離をおいた恰好で彼らを眺めた。
物騒だが、低次元な押し問答の応酬。
愉しそうだな。
つい、口が滑る。
「仲が良くて羨ましいね」
ナーシルがレベッカを正視する。
眼鏡の似合う仕事の鬼で、軟弱そうでひょろ長いという印象の彼は、実年齢より老けて見えるが、まだ二十代半ばの青年だ。
いつも身なり正しく、だいたいにおいて礼儀正しく、時間には特に厳しい。
レベッカは彼が好きだった。
もうずっと、長い間。
理由はわからない。
きっかけすら思い出せない。
ただ、いつのまにか、心をもっていかれていた。
だからといって、どうにもならないのだけれど。
ナーシルは近くにあった手洗い桶で手をすすぎ、きちんと拭いてから、つかつかとレベッカの前まで来て言った。
「では、私とデートでもいかがです」
「おい、なに唐突に口説いてんだよ」
「うるさい。誘う相手もいないグエンは黙ってなさい。どうです? お暇なのでしょう? 私に付き合ってください」
「……そうしたいのはやまやまだが、これでも忙しい身でね。知っての通り、重症患者を三人も抱えている。もうそろそろ戻って様子を見てこなくては」
「いつでしたら空いています?」
「当分無理だよ。気持ちは嬉しいけど、他をあたってくれ」
だが、ナーシルは食い下がった。
「いえ、私はあなたがいいのです。すぐにじゃなくても結構です。時間が空いたら、私に声をかけてください。待っていますから」
レベッカは物憂げに微笑してかぶりを振った。
「あいにく、時間はないよ。時間は……もうない」
その口調があまりにも寂しげだったので、その場にいた全員がいい知れぬ違和感を嗅ぎ取った。
そこへノックがあり、血相を変えた侍女が現れ、エルジュ王所在不明の一報が入った。
「やれやれ、医者の言うことをきかない困った王様だ。仕方がないね、捜しに行くか」
「では、私がお供します」と、ナーシル。
「いらないよ」
「だめです。お嬢様からもあなたをひとりにしないよう言われているんです。一緒に参ります」
レベッカは指で額を掻いた。
「じゃ、出かけるのはやめよう。誰かひとをやって捜してもらう。どのみちカイザとエイドゥーも診なけりゃならないしね、外出は控えるさ。だからあんたはちゃんと仕事して、稼いでおいで」
「本当に、どこにもいきませんか?」
「いかないったら。ああそうだ、リアリが戻ったら、急ぎじゃないが用があるから会いたいと私が言ってたと伝えてくれないか」
頼んだよ、とほとんど言い捨ててレベッカが片腕を上げて出ていく。
途端、ベスティアとグエンとパドゥーシカは揃ってナーシルを攻撃した。
「ちょっとナーシル、あんたもっと追及した方がよかったんじゃないの。なによ、時間がないって。レベッカ、どっか身体の具合でも悪いの?」
「まさか。彼女は医者ですよ」
「医者の不養生ってこともあるぜ? 本人に確認しろよ。第一、おまえさあ、口説くならもっとうまく口説けよ。なんだよ、あれ。男ならもっと押せっての」
「わかってますよ。少しおとなしすぎたと反省しています。ただ、年上の女性にどこまで強気で攻めればいいのか、正直判断に迷って……はあ。だめだな、私も」
「溜め息などついている場合じゃありませんっ。ぐずぐずしていると、またどこか辺境へ旅に出てしまうでしょう。その前になんとしてでも射止めるのです! わたくしたちもいい加減ただ傍観するにも飽きました。見ているこちらがじれったくてイライラします。どちらも好きあっているように見えるのに、どうしていつまでもこんな調子で他人行儀なままなのです。ローテ・ゲーテの男ならば、ローテ・ゲーテの男らしく、断られたら略奪するくらいの気概で攻めなさい。よろしいですね」
「……まあ、力ずくでも、とは思わないでもないですが。どうも一線を超えてほしくないような、そんな感じがするんです」
「確かにそんなふうではあるな」
「私がローテ・ゲーテの人間で、骨の髄まで汚れきっているのに比べ、あのひとは医術師……私とは対極にいるようなひとです。私の仕事が嫌なのか、私自身が嫌なのか、いずれにしろ、私は到底あのひとに相応しくない男ではありますけどね……」
「でも、好きなんでしょ?」
ナーシルは押し黙った。
仲間たちはにやにやして答えを待っている。
期待には応えず、ナーシルは時計を確認した。
「時間です。休憩はここまで、仕事に戻りましょう」
ナーシルはレベッカが好きだった。
孤高を保つくせにいつもどこか寂しげで、そのくせ誰にも甘えようとはしない。
職業とは裏腹に、他人の介入を拒絶するような生き方は矛盾に満ちていて、放っておくにも放っておけない危うさがある。
時間が、ない?
なにか不吉な予感がした。
レベッカの身にいったいなにが迫っているのだろう?
次話、リアリとラザのデート編です。お待たせ? しました。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。