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千夜千夜叙事  作者: 安芸
第四話 我儘に、我がままに
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カイザの警告

 カイザVSディックランゲアです。

「これはこれは、王子殿下」

「カイザ殿に話があるのだが、邪魔したか?」


 たちまち、長老連は水が引くように暇を告げて引き上げていった。

 これで医務室にはカイザと、隣のベットで眠りこけるエイドゥと、ディックランゲア王子の三人だけになった。


「それ以上近寄るな。そこから先は、俺の間合いだ。おかしな真似をすれば殺す」

「……リアリ殿の前といまでは、随分顔が違うな。こちらが素顔なのか? 王族には手を出すなと言われていただろう」

「お嬢の眼の前じゃなければ、知ったこっちゃねぇ。あんたひとりくらいばらして挽いて粉にして海に撒いて知らぬ存ぜぬを通すくらい、十八番だぜ」


 明灰色の瞳が物騒にきらめく。

 聖徒の兄と並んでいるときはどちらかといえば駄々をこねる、理屈もなにもない、暴れっぷりのいい、だが器的には格下の弟という印象だった。

 だが目の前にいる男は、なかなかどうして兄に引けを取らず、権力に屈することなく己のままに、ローテ・ゲーテ流に力で制圧することを躊躇わぬ類の輩らしい。

 王子は逆らわず、肩を竦めた。

 喧嘩でかなう相手ではない。


「私はただ侘びと礼を言いに参っただけだ」

「礼?」

「私の不注意な言動で事件を起こしてしまい、すまなかった。あの“アンビヴァレント”崩壊時の折に君は私を助けたろう。おかげで命拾いした。感謝する」

「あれは、あんたがお嬢を抱えていたからだ。俺はお嬢を助けただけだ。あんたに礼を言われる筋合いはないね」

「それでも私も助かったことは事実だ。恩返しがしたい。私でできることがあれば言って欲しい。いや、いますぐにじゃなくともかまわない。いつでも私が必要なときに声をかけてくれ」

「……まあ、恩を売って搾り取るのは常套手段だが。俺があんたに要求したいことはひとつだけだよ。リアリを諦めろ。婚約者だかなんだか知らんが、さっさと解消しろ」

「いや、それはできない」


 カイザと王子のまなざしがぶつかりあう。

 部屋の気温がぐっと下がるくらいの冷気が発せられる中、沈黙が時を経つごとに毒を帯びたように重苦しいものになっていく。

 外相交渉や、国交折衝などで幾度も危ない橋を渡って競り合って来た王子でも、この沈黙を払うには勇気と努力がいった。


「リアリ殿は、私がはじめて望んだひとだ。物心ついてよりこちら、私の周囲には常に大勢の人間がいたが、その誰もが、私が望むと望まぬと関わらずいる。だが、リアリ殿と出会ってからというもの、私はリアリ殿に会うことを心待ちにするようになった。リアリ殿と一緒にいるだけで楽しくて、嬉しいのだ。意表をつく言動も、ローテ・ゲーテ流の二面性も、家族を大切にする心も、激しい気性も、知れば知るほど魅了される……私の婚約者であると知ったときの喜び以上のものを、私は知らない。ほとんどはじめて、王子という立場を幸運だと思ったものだ」

「あんたはリアリの眼中にない」

「いまはそれでもいいのだ。私は待てる。私自身、まだそれほど自分の気持ちに自信が持てるほどではないから。それにリアリ殿の立場は複雑だ。私はまずリアリ殿を護らなければならない。世界会議の場でこれからの大陸方針が検討されることになるが、新二十一公主の扱いや行動規範、指針など、事態がどう動くのかまだ見当もつかないいま、私との結婚のことでリアリ殿に無理強いするつもりも、あれこれと揉めるつもりもない。私はただ、できることをするだけだ」

「ならばいっそ、この場で息の根を止めてやろうか……」

 

 ゆっくりと、カイザは両腕を持ち上げた。

 それだけでも相当な苦痛を伴うはずだが、そんな様子は微塵も感じられない。

 左右の手には鋭利な細身の短剣が二本ずつ挟まれて、投擲態勢に入っている。


「……いままでも、リアリに熱を上げる奴ァ事前に葬って来たんだ。これからも同じさ。俺とラザからリアリを奪おうとする奴は生かしておかねぇ。誰だろうとな。あんたのような野郎が一番タチ悪ぃよ……控えめで、真剣で、力で解決しようとしないところなんざ、うっかりするとリアリだって惚れるだろう。あんたの気持ちは、たぶん、偽りがないんだろうな。あんたはさっき自分の気持ちに自信が持てるほどじゃないと言っていたが、このさき、自信を持ったあんたを相手にするのは骨が折れそうだ。だから悪い芽はいまのうちに摘んでおくことにする」

「しかし、私はリアリ殿に必要な男だ」


 命乞いをするふうでもなく、王子は平然とした面持ちのまま述べた。


「王家の男は王家の女を必要とする。逆も同じだ。いまここでその理由を事細かに説明するつもりはないが、これは、やむをえないことなのだ。それに加え、リアリ殿は新二十一公主たる重責も担うことになる。これは相当な覚悟を必要とするだろうし、課題も山積している。世界会議では出席を余儀なくされることは間違いないし、その前に、王家の姫としてのお披露目もあるだろう。おそらく、私はそのほとんどすべてにかかわることになる」


 ひゅんっ、と空気が斬り裂かれた。

 眼にもとまらぬ素早さで、王子めがけてカイザの短剣が投擲されたのだ。

 白刃はディックランゲアの髪をひと房掠めて、後ろの壁に突き刺さる。

 ディックランゲアはなにごともなかったかのように、淡々と先を続けた。


「不確定要素が多すぎる現状のこのときにあって、リアリ殿の不利になりそうな行為は慎んでほしい。ただでさえ未確認事項も多々あるのだ。これ以上の混乱は避けるべきだ。君が私の存在を快く思わないことは理解できる。だが、私は少なくとも、リアリ殿の敵ではない。現時点で即排除するには及ばない。君も、既に誰かから聞き及んでいるだろう?」


 王子の眼に気迫が宿った。


「リアリ殿は、新二十一公主ジリエスター公の再来だ。いったいこの意味を真に理解しているか?」

「……リアリは違う」

「公主以外に、石竜(ゼ・フロー)アッシュを呼べるものはいない」


 睨みあいの末、カイザの腕が下りる。

 殺気を消して、カイザは横になった。

 そして呟いた。


「あんたがリアリのためになるというならば、いまは生かしておく。だがその命、奪おうと思えばいつでも奪えること、憶えておけ」


 眠い……書きすぎ。書きすぎだ。寝なきゃ。寝よう。

 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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