なぜこんなことに
自分の思惑とは別に、勝手に話が進んでしまうこと、ありませんか?
王城の中庭は、糸杉の緑と小さな噴水と白亜の石畳で涼しげに造られていた。
滴るような緑の木陰に設けられた瀟洒な石細工の椅子に膝を抱えてリアリは腰かけた。
膝頭に顎をのせ、ぼんやりと噴水の水を眺める。
他に人気はなく、シュラも気配を消して真後ろに立っている。
傍には二頭の砂漠虎だけ、陽気につられてうとうとと安らいでいる。
ほぼ丸一日、眠っていたようだ。
仮面を忘れてきてしまったことに気がついた。
が、いまはどうでもよかった。
よれた山吹色のタウブの内ポケットから小さな櫛と鏡を出す。鏡を覗く。
ひどい顔、ひどい髪だ。
リアリは櫛で髪を梳いた。
お風呂に入りたいと思った。
思考がまとまらない。
王子は、王弟は、なんと言っただろう。
石竜、アッシュ。
ジリエスター公の再来、新たなる二十一公主。
王弟の娘。
リ・アリゼーチェ・ギルス・ディル・ラールシュティルダー。
“王家の碧青”。王家の直系にのみ、引き継がれる色。
王子の婚約者。
そして、ここ連日見る、誰かを引きとめたくて引きとめられない夢……。
リアリは突っ伏した。
なぜこんなことになったのだろう。
「……私はただ皆と一緒に平和に暮らしたいだけなのに……」
ライラの舌がぺろりと指先を舐める。
薄眼を開けてみると、砂漠虎が擦り寄ってきた。
リアリはライラの毛並みを撫でた。
撫で続けた。
ライラは気持ちよさそうに眼を細めている。
「……ダーチェスター姓は、私が勝手に借りているの。私、自分が預けられ者だって、物心ついた頃には知っていたわ。ラザとカイザとも兄妹として育てられたわけではないしね。でも、キースルイ義父もルマ義母も、本当の娘のように育ててくれたわ」
リアリは淡々と話し続けた。
誰かにこの混乱した胸の内の捌け口となってほしかった。
慰めや同情などいらないが、ただ、話を聞いてもらいたかった。
「ローテ・ゲーテの他の子供と同じく、いいことも悪いことも教えられた。なにをするにしても、止められたことはないの。たとえ危険なことでも、やって失敗してみなければ、危険だとわからないでしょ? だから、私はよく失敗したし、痛い目にも遭った。でも、自分が守られていることは、よくわかっていた。だから、結構な無茶もしてきたわ」
挙げればきりがない例を、リアリは語った。
シュラーギンスワントとライラとマジュヌーンはおとなしく耳を傾けている。
「決定的だったのは、私が誘拐されたときね。五歳のとき、さらわれたの。結局、一日半後に犯人は捕まって、ラザが助けてくれたんだけど、そのあとが見ものだったわ」
事件解決後、ダーチェスター夫妻は犯人を裸にして縄で括り、ラクダでスライセン中を牽きまわした。
水を一滴も与えなかったので、一日も持たずに絶命した。
「すごいのは、そのあとよ」
来る日も来る日も、死体をひきずってラクダを練り歩かせ続けた。
腐乱し、異臭を放ちはじめると、観光客から野次と罵声がとんだ。
すると翌日には死体の数が増えた。
同じだけラクダの数も増えた。
その葬列は完全白骨化するまで続いた。
「その骨を、玄関先に吊るしたの。家を建て替えするときに砕いて骨片にするまでずっと飾ってあったわ」
リアリはにやっとした。
「凄いでしょ? “うちの娘に手を出すな”って、なによりの警告だと思わない?」
以来、命の危険にさらされるような目に遭ったことはない。
リアリは手で顔を覆って蹲った。
「私、大切にされてきたの。ラザとカイザが好き。キースルイ義父もルマ義母も大好き、家が好き、皆が好き……だから、いつか、もっともっと自分を鍛えて、絶対私も皆を守るって決めていたのに……ああもう、なんでこんなことに」
「あ、先客がいる」
突然降ってわいた声にぎくりとする。
シュラーギンスワントも気配を感じなかったようで、珍しく驚いた様子で身構えた。
ライラとマジュヌーンは身体を起こし、既に威嚇の唸りを上げている。
光が降りそそぐ金色の陽だまりの中に現れたのは、赤い髪に赤い眼の赤いタウブを纏い赤いミシュラハ――外出用のコート――を羽織っている落ち着きのない若い男だった。
「げっそりしているけど、すごい美人だなあ……」
思ったことが口に出る性分らしい。
静かに過ごしたかったのに台無しだ。
と、リアリが場所を変えようと椅子から立ち上がったとき、二人目の男が現れた。
陽射しが遮られる。
黒檀の短い黒髪に憂いを含み冴えた黒い眼。
量感のある黒いタウブとミシュラハを風にたゆたわせ、白と黒のアフラームをたなびかせている。
黒い嵐の到来を彷彿とさせる、怜悧な美貌の男だった。
恋愛カテゴリーなのに、ここ数話甘くないですね、すみません。
次話、見知らぬ男からぐいぐいと迫られます。リアリ、ピンチです。では。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。