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千夜千夜叙事  作者: 安芸
第三話 黒い嵐
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正統なる婚約者

 ディックランゲアは、じわじわと攻める役どころ、といった感じでしょうか。

「ひどい」

 

 と言って、王弟が胸倉を掴んで乱暴に揺さぶった対象は義父キースルイだった。


「聞いたか、いまの。この私が、『あなたさま』で『本当の血縁者』で、なぜ君が『義父様』なのだ。私だって娘に『父様』と呼ばれたい! 呼ばれたいぞ!」

「そんなことは本人に言ってください」

「リ・アリゼーチェ! 私だってそなたの父だ! さあ、恥ずかしがらず、父様と呼んでくれ給え!」


 リアリは呼ばなかった。

 これ以上にないくらいの蔑視を向けられ、王弟は再びキースルイにやつあたりした。


「ええい、会って早々嫌われそうではないか! そなた私の書記官だろう。なんとかせい、なんとか」

「職務ではありません。公私混同はまずいのではないでしょうか」

「ちょっと、それ以上義父様に手ェだしたらただじゃおかないわよ」


 王弟はぱっとキースルイを手放した。恐る恐る、リアリの顔を振り返る。

 リアリは、この小娘になじられてしょんぼりし、情けない顔をした男が、ローテ・ゲーテの恐るべき執政者だという事実を真剣に疑った。


「……勝手にリ・アリゼーチェなんて呼ばないで」

「……その名は妻が、そなたの母が、つけたのだ。至上のさいわい(リ・アリゼーチェ)あれ、と」


 ここで、王子ディックランゲアが仲裁に入った。


「詳細はわからないが、叔父貴殿はリアリ殿をリーハルト殿に託していたのですね。それでいまになって引き取りたいと、こういうわけですか」

「然るべき事情があったのだ」

「その事情とやらはあとでゆっくり伺うとして、リアリ殿をどうされたいのですか」

「娘として迎えたい」

「しかしいきなりは難しいのでは? リアリ殿だって事前になにも知らされもせず、事情も理由もわからないままでは困られるでしょうし、もし私が同じ立場にあったとしても、やはり拒むと思います」

「……言っておくが、直接のきっかけをつくったのはそなただぞ」

「私が新二十一公主の捜索など命じたからだとおっしゃるのでしょう? わかっておりますよ、そのつけを払うために、こうして叔父貴殿を援護しているのではないですか」

「そなた、私の援護などしていなかろう!」

「これからするのです。リアリ殿、しばらくここで暮らしていただけませんか」

王城(ここ)で? いやよ、冗談じゃないわ」

「しかし、お宅は私のせいで潰してしまったようなものだ。代わりの住まいが必要であろう? ここだったら、キースルイ殿もルマ殿も職場は眼と鼻の先、ラザ殿の勤め先も隣、警備は万全、滞在費もかからない。私も嬉しい。それに、叔父貴殿に色々と聞きたいことも知りたいこともあるのではないか」

「それがよい」


 王弟は喜色満面で手を打った。


「皆ここで暮せばよい! 私も寂しくない! そなたも寂しくない! 商売? 続ければよかろう。部屋は余っている、好きに使えばよい。私だってそなたに父親らしいことがしたいのだ。さきほどから、確かに、ことを急いてしまったな。私たちには溝がある。だが、徐々に埋められればと思う。そなたは間違いなくこの私の血を引く娘なのだから――そしてそなたの家族と言うならば、ここにいる皆も私の家族なのだ」


 それに、と義父キースルイが口を添える。


「リーハルト様は『私だって』とおっしゃったことを、聞いていただろう。私が、ではなく」


 私だってそなたの父だ――。


 決して義父キースルイをないがしろにするではなく、尊重してくれた。

 嬉しかった。

 王弟をひそかに見直した気持ちもあった。

 だが、よく考えもせず、情にほだされても流されてもいけない。


「……少し外を散歩して来るわ。誰もついてこないで。ライラとマジュヌーンと、シュラだけ」


 手を貸してもらいながら、ライラの背に乗る。

 ディックランゲアがちょっと思い詰めたような眼で寄ってくる。

 しかし、シュラーギンスワントが阻んだ。無言で制止のしぐさをして、リアリより数歩手前で王子を踏みとどまらせる。


「リアリ殿」

「なによ」

「さっきも言ったが、あなたがここに滞在してくれたら、私は嬉しい。私はあなたに興味がある……いや、率直に言ってあなたが婚約者だと知ってから、私は浮かれている」

「言っとくけど、婚約者がどうとか、私は一切認めていないわ」

「あなたが認めようと認めまいと、私たちの関係は、生まれたときから決められている。私はなんの取り柄もない男だが、あなたに好かれるための努力は惜しまない。だから、いますぐでなくていい。私のことも視野にいれてほしい」


 誠実で真剣な眼の輝きに、リアリは不覚にも動揺した。

 しかしそんな気持ちの揺れざまを悟られたくはなかった。


「私には恋人がいるの」

「でもまだ結婚したわけじゃない」

「いずれするわ」

「ここはローテ・ゲーテだ。重婚が許されている。だが……私は正妃などひとりでいいし、正妃にも夫を何人も持って欲しくない。結局、あなたの奪い合いになるかな」


 そうなったら、生きていないのはあなたの方よ。

 とはさすがに言えず、リアリはふい、と顔をそらした。

ライラにいって、と合図する。

 いまはもう誰とも口を利きたくなかった。



 次話、いよいよ最後の重要人物が登場です。

 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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