出生の秘密
事態が混迷してきました。
とりあえず、リーハルト氏の脳天を殴りつける。
それでも正気に返らなかったので、びんたを二、三発見舞う。
「元気がいいな、娘よ! 元気がいいとはいいことだ、娘よ!!」
「……ンなわけないでしょ」
リアリの声は氷点下を記録した。
この時点で既に礼儀作法云々は頭からけし飛んでいた。
「ちょっと、なんなのこのひと」
リアリの問いに、跪いて畏まったままキースルイ義父が答える。
「リーハルト・ギルス・ディル・ラールシュティルダー様だ。私の上司で、おまえの本当のお父上でいらっしゃる」
「ばかばかしい」
「そなたの真の名はリ・アリゼーチェ・ギルス・ディル・ラールシュティルダー。その瞳、その顔、間違いない。そなたはそなたの母、私の妻に生き写しだな」
「は? 冗談やめてよ。ラールシュティルダー家って、王族じゃない。じゃ、なに。まさか私が王族だって言うの?」
「そなたは正真証明、王家の一員、私の姫だ」
一応、リアリは想像してみた。
ぞっとした。
ぶるっと身震いして、手加減抜きの、凶悪な手刀をリーハルト氏の脳天にくらわして、氏が呻いて頭をおさえた隙に、やっと逃れる。
「無理。絶対無理。ありえない。自分で自分のこと悪く言うのもなんだけど、私、相当な修羅場をくぐってきてるし、そのぶん曲がっているわよ。あんなことやこんなことやそんなこともしてきたし、とっても口じゃ言えないようなことまでやってきたのよ? 今更白々しく清廉潔白の身の上を騙るつもりなんてないから、姫なんて無理。無理ったら無理。いやよいや。いやすぎる。いまの、聞かなかったことにするわ」
「……君の瞳は“王家の碧青”。王家の直系にのみ、引き継がれる色だ」
ディックランゲアが暴走するリーハルト氏を諌めるように軽く待ったをかけながら間合いを狭める。
「はじめ見たときに気がついたのだが、知っての通り、私自身も公主捜しや他のことに注意が逸れていて深く追求しなかったのだ。すまぬ。私こそ、君がリーハルト殿の姫君だともっと早くに気がついていなければならなかったものを」
「なんでここに王子が出てくるんです。関係ないでしょう。ややこしくなるから、ちょっと引っ込んでいてください」
「こらこら娘よ、関係なくはあるまい。そなたの夫になるのだぞ」
「は? 夫?」
「そうだ」
「誰が、誰の」
「王子が、そなたの」
「なぜ王子が私の夫になるの。王子には、だって、確か生まれながらの婚約者がいるって――」
「それがそなただ。そなたは王子の妻となり、いずれはこのローテ・ゲーテの王妃となる。やがては次代の世継ぎを産む国母となろう。結婚の儀は盛大に行うぞ! 国を挙げての式典だ、そなたのお披露目も兼ねるのだから下準備は念入りにやらねばなるまいな。いや、だが、その前に世界会議と――」
リアリは、リーハルト氏の口を塞いだ。
時遅し。遅きに失した。
肩に手が置かれる。
恐ろしくて、振り向けない。
「……リアリ」
「ラ、ラザ。あ、あのね、こ、これは、全部、なにかの間違いだから……」
「ええそうでしょうとも。なにかの間違いでしょうとも。あなたが王家の姫で、王子の妻になるなんて、僕、冗談でも許せないです。……殺しちゃいますか」
周囲の暗殺集団、聖徒の緊張が強まる。
空は晴れているのに、暗雲が立ち込めつつある。
リアリはようやく理解した。王弟に引き連れられた聖徒はラザの粛清のためではない、王弟と王子の護衛のためにいまここにこうしているのだ。
ふっと、眩暈がした。
ふらついたリアリを、誰より素早くラザの腕がさらう。
「無理するからです」
しかし、続くラザの小言はリアリには届かなかった。
体力精神力ともに疲労が限界まで達し、臨界点を突破して、一気に意識を彼方にもっていかれた。
そして次に眼が覚めたとき、災厄はたたみかけて押し寄せるものだったと、身をもって知ることになる。
同日、同時刻――
ローテ・ゲーテ国王リウォードはルクトール新国王並びにその従者一名を国賓として王城に招いていた。
世界会議まで、残すところ、二ヶ月。
続々と、各地より関係者が集結しつつあった。
ディックランゲアの生まれながらの婚約者が、リアリ。さて、ラザはいかに?
更に、次話は混迷に拍車をかける男が登場。頑張れカイザの巻です。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。