断れると思うのか
なにかが起こりました。
ダーチェスター夫妻の要請で、アンビヴァレントのキレイドコロ、リアリ、パドゥーシカ、ベスティアの三名がひとさし舞うことになった。
そこでナーシルとグエンが横笛と竪琴を引き受け、ローテ・ゲーテの伝統舞踊からはじまり、しまいには、即興でかなりめちゃくちゃに盛り上がった。
ディックランゲアは心底楽しんでいた。
こんなふうに城外で寛げたことはなく、こんなにも愉快な気分になったことはついぞ稀だ。
主張に違わず料理は申し分なく、酒も刺激は強いが上等。
同席する皆は気安さと馴れ馴れしさの危ういところで一線を引き、完全に礼を失することもなく、温かみのある空気のままだ。
ディックランゲアはこっそりとリアリを眺めた。
自然と眼が追ってしまう。
端麗な双子に挟まれて怒ったり、笑ったりと忙しい。
仮面の奥の眼がやわらかなのは、心を許しているからだろう。
羨ましい、と思った。
同時に、その眼の色に吸い込まれた。
なぜか、心がざわつく。
その原因が判明しないうちに、渋る双子をおいてやってきたリアリから話しかけられた。
「ところで、お捜しのひとは本当に男性なの?」
「え?」
「だから二十一公主の――ああ面倒くさい、ジリエスター公主の転生体って生まれ変わっても男性なのは間違いないのかって訊いているのよ」
リアリが問答無用でディックランゲアの杯に酒を注ぐ。
指摘に、ディックランゲアは茫然とした。
頭が真っ白になった。
ついぞ考えもしなかった盲点だった。
「いや――しかし――まさか――そんな――だが――ありえない――」
「……殴りたくなってきた。ちょっと、確証もないまま男性って言ってたの?」
「いや――しかし――まさか――そんな――だが――ありえない――」
「……殴っていいかしら」
ディックランゲアはは眩暈がするような混乱の嵐を乗り切って、リアリを凝視した。
碧青の瞳。
その瞬間、閃いた。
ディックランゲアはダーチェスター夫妻をぐるっと振り返った。
「――そうなのか?」
「はい」と、キースルイ。
「間違いないのか」
「間違いございません」と、ルマ。
名前。
リアリ。
「君か」
ディックランゲアはひとり呟き、やにわにリアリに迫って、手首を掴んだ。
力いっぱい引き寄せる。
「ちょっと、放して」
「『アッシュ』と言いたまえ」
「いやよ」
「『アッシュ』と言いたまえ!」
「絶対いや。なんなの、突然。理由を聞くまで言わないわよ」
「……言わないと、求婚するぞ」
「は!? なにそれ、脅し!?」
「脅しじゃない」
そこで、ゆらりと殺気の炎が二柱、そそり立つ。
ラザとカイザが裏の顔そのもので、ナイフと短剣を両手に構え、戦闘態勢に入っていた。
「リアリを放しなさい。殺しますよ」
「お嬢を放せ。ぶっ殺すぞ」
「だめよ、ラザ! カイザ! 手を出しちゃだめっ。相手は王子よ!」
「その王子の求婚を、断れると思うのか?」
「脅しじゃないのっ。この……鬼畜! 外道! ろくでなし! ばか! くそったれ! 言うわよ、言えばいいんでしょ! なんだっけ? 『アッシュ』――!?」
なにかとんでもないことが、起こるのかも知れない。
と危惧したものの、なにも起こらなかった。
場の緊張が一気に弛む。
ディックランゲアの腕の中でリアリが苦しげに身動ぎする。
「……説明してよ。いまの――」
前兆など皆無で、突然、ドーンという大音響と大震動とともに天井が剥がれて落ちてきた。
次の瞬間、建物全体が崩落した。
あっという間の出来事だった。
そして、夜の闇に両眼だけを光らせて瓦礫の真上に鎮座していたのは、巨大な生き物だった。
はい、第二話終了です。
次話より、第三話開始します。
いよいよ、物語が本格的に始動するかと(遅いよ!)。
そして、次より、最後の男が登場。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。