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千夜千夜叙事  作者: 安芸
第二話 君の名は
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それは禁句です

 酒宴の席、中盤です。

 ラザがあるものをとてもキライだという話。笑。

 そこへ、騒々しい足音が近付いてきたかと思うと入口にかけられた垂れ幕が勢いよく掻き分けられた。

 リアリがそちらに眼をやると、カイザがすまなそうに眉尻を下げ、しらっととぼけた顔をしているエイドゥを連れて現れた。


「お嬢ー、遅くなってごめんなー。エイドゥの奴が例によって石に齧りつきやがってさあ」

「芸術に時間の制約を設けること自体ばかばかしいことさ! 君があんまり急かすから僕はあやうくカナヅチで指を打つところだったよ」

「それは俺のせいじゃねぇっ。日が暮れて暗くなって手元が見えなくなったからだ!」

「お腹がすいたね。ごはんはまだかい? 僕はラザの噂の極旨飯を食いに来たんだよ。まだかい? まだかい? まだなのかい?」

「おとなしく座って待っていろ!」

「座る前にこっちに来て、カイザ。エイドゥも」

 

 王子の前に二人が来た。

 リアリは表情をあらためて引き合わせた。


「ご紹介します。カイザ・ダーチェスターとエイドゥ・エドゥーです」

 

 ばちん、と火花が散ったかのように見えた。カイザの眼が値踏みするかのごとく鋭い光を放ったのだ。

 カイザは商人魂が疼くのか、或いはリアリへの固執ゆえなのか、初対面の男には非常に厳しい眼を向ける。

 たまに、手も出る、足も出る。

 ひどくなれば、技も出る。

 なので、リアリは油断なくカイザを見張っていた。

 さすがに王子に無礼を働くのはまずい。

 しかしカイザはしばらくガンをつけたあと、あっさり興味を失ったようで、不意に身体の力を抜いた。


「あんたが王子、か……ふーん」と、カイザ。

「僕は王子とは何度も会っているよ。王城にはいい石がものすごく使われていたからね、僕は彫って彫って彫りまくったよ!」と、エイドゥ。


 ディックランゲアは感嘆したように吐息した。


「――双子の兄弟、か」

「ラザが兄でカイザが弟よ」

「よく似ている。君も聖徒なのか?」

「俺は違う。なあお嬢、俺なんで呼ばれたわけ? ってか、お嬢、そいつにあんまりくっつくなよ。距離近いって。だめだって。もうちょい離れろよ」

「はいはい」

 

 リアリが素直にいうことをきくと満足したようで、カイザはいくぶん表情を和らげた。


「これ、お嬢に土産」

 

 掌に無造作に押し込められたものは、研磨済みのエメラルドだ。

 カイザは数年前からこうして上質のエメラルドの原石をみつけては、エイドゥにカットさせ、宝石として美しく仕立ててから届けてくれる。もう幾十たまっただろう。


「そろそろ、宝冠(ティアラ)がつくれるかもな」

「そうね」

「それ、結婚式にかぶってくれよな! ラザの嫁になるときは絶対!」

「えーと……そうね」

「きれいだろうなあ、たのしみだなあ、早く見てぇなあ。あ、でも、あとで俺と結婚するときもちゃんとそれつけてくれよな。約束だぜ、な? な?」

 

 リアリの返答を待たずして、ほとんど無邪気に会話を押し切ったカイザは、うきうきした様子で厨房へと姿を消す。


「……差し出がましいようですが、一度きちんとお話された方がいいのではありませんか? あの様子だと、本当に第二夫になるおつもりですよ」と、パドゥーシカ。

「いっそぉ、『あんたが諦めてくれないから結婚できないのよ』ってぶっちゃけたほうがいいんじゃないですかぁ?」と、ベスティア。

「……そんな直球、言えると思うの? どんな暴れ方するか、わからないわよ?」


 裏の世界ではその名を知らぬものなどなしである、調達屋カイザ・ダーチェスター。

 依頼すれば必ず手に入ることから、信頼度抜群だが、一方で要求に見合った報酬を請求される。

 その取り立ての厳しいことといったら、聞くに堪えない、極悪非道な伝説ができるくらいだ。

 怒らせる相手ではない。

 リアリに手を出さないまでも、まわりにとばっちりが行くことは請け合いだ。

 まったく頭の痛い問題だ。

 話題も思考も脱線したところへ、ディックランゲアがなにげなく言った。


「や、とてもいい匂いだな。彼が得意なのは魚料理か? それとも肉料理?」


 突然の沈黙。

 それも、空気が凍りついたかのような、冷え冷えとした静寂。

 ディックランゲアへ向けて、一斉に視線が注がれる。


「……え? な、なんだ? 私はなにかおかしなことを言ったか……?」

「ディーク様」


 ずい、とリアリは前に出た。

 声をひそめて、深刻な調子で訴える。


「ラザの前で、“魚”という単語は禁句です。絶対です。血を見ます」

「は?」

「嫌いなんです」

「誰が、なにを?」

「ラザが、魚を」

「魚が嫌いだと、なぜ血を見るはめになるのだ?」

「以前、魚と眼があった、とかでラザは見るのも匂いも存在自体も認めていません。ちらりとでも視界にあろうものなら周囲も含めて完膚なきまでにやっつけます。だから、城下町カスバには魚屋は看板を出せないくらいです」

「そんな、まさか」

「本当です。魚を食べたければ食堂に行くしかないんです。まあ、ディーク様は城下町の厨房事情など、ご存じじゃありませんよね。だから、ラザの前で魚に関する話題は禁句です。殺されます。脅しじゃないですよ、本当の本当に、こまぎれにされます。ご注意を。そうなったらいくら私でも庇いきれませんので――」

「あ」

 

 ぎくり、とした。

 馴染みの気配が背後から漂う。

 ラザが黒塗りの盆を片手に、前菜を運んで来た。


「……近づくなと言ったのに、いうことを聞いてくれないんですね?」


 リアリははっとして飛び退いた。


「ち、近づいてない。近づいてないわよ」

「へぇ、そうですか」

「そうそう」

「ところで、いま、僕のキライな話題が出ていませんでした?」

 

 皆が総毛立つ気配がした。

 リアリは慌ててかぶりを振った。


「してない、してない」

「そうですか……?」

 

 細められ、陰った眼が、真横に流れ、ディックランゲアに留まる。

 リアリはラザが次に口をきく前に、お腹がすいたわ、と騒いで、味見し、料理を褒めちぎった。

 気をよくしたラザの注意がそれたのをいいことに、夕食がはじまった。

 食卓に並んだものは羊肉をメインに野菜を盛った取り立てて珍しい料理ではなかったが、味付けが絶品だった。

 絶賛・称賛の嵐が浴びせられ、場は一気に活気に満ちた。

 酒がふるまわれ、賑やかに夜が更けていく。


 予告より、ちょっと遅れてしまいまして申しわけありません。

 ゆるい話ですね。次話は、動きます。

 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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