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千夜千夜叙事  作者: 安芸
最終話 滅びなき光
126/130

星への回帰

 あと、完結まで、一話です。

 最後までよろしくお願いいたします。

 灰の雨が降りしきる中、ラザの手でリアリの頭上に宝冠(ティアラ)がおかれた。

 ラザが左側、カイザが右側に片膝をついて跪き、リアリの手をすくい取り、それぞれが真摯な想いを込めてそっとくちづけした。

 リアリの眼がカイザを見つめ、すまなそうに瞬いた。

 そしてラザに向き合い、はじめの求婚を受けるしぐさをする。

 ラザが柔和に微笑んだ。滅多に見られない、ごく自然な笑顔。

 だが、リアリにはそう見えるよう装ったものだとわかっていた。

 本当の相貌はいま極度に無表情なのに違いない。

 ずっと傍にいた相方である存在を失ったのだ、平生でいられるほうがおかしい。

 レニアスのための涙など死んでも見せないだろうが、それだけに、ラザの声なき叫びが聴こえるようでリアリは胸が痛んだ。


「上の空とは、いい度胸ですね」


 ラザの冷たい声が地を這った。

 リアリは慌てて注意を戻す。


「違うわよ、あんたのことを考えていたの」

「本当に?」

「そうよ」

「じゃ、いつまでもそうしていてください。僕のことだけを見て、僕のことだけを考えて僕の傍にいてください。僕もそうしますから」

「本当に? それ、求婚の言葉?」

 

 と、今度はリアリが訊ねた。


「ちがいます。求婚は、いまからします」

 

 ラザの眼がリアリの眼をとらえ、ラザの手が、固くリアリの手を握った。


「僕は」

 

 その続きは背後から突如轟いた爆音に掻き消された。

 全員の注意が山頂部に注がれ、黒い噴煙が濛々と立ち込め、紅い炎の奔流と次々に空中に投げ出される岩石を見た。

 忌々しそうにラザは舌打ちして、儀式を一時中断しようとリアリを振り返った。


「リアリ」


 かすれた呟き。ついで、


「リアリ!」

 

 激しく叫んでラザは前のめりに両腕をひろげた。


「え? ――お嬢!」

「リアリ様!」


 マジュヌーンが吠えて、すかさず防御障壁を張った。

 間一髪の差で山腹を雪崩降りてきた火砕流から逃れる。

 リアリは赤い血の塊を吐きながら、ラザの腕の中へと崩れ落ちた。

 背中から先端の鋭利に尖った二等辺三角形の大きな石片が腹部を突き破り、刺さっていた。

 血が溢れた。


「リアリ! リアリ、リアリ、聞こえますか。しっかりしてください」

「お嬢――リアリ、死ぬな、死ぬなよ」

「すぐに出血を止めなければ」

 

 だが血は止まらなかった。

 ラザの掌はリアリの吐血した血で真っ赤だった。

 もはや手遅れであることは一目瞭然だった。

 ラザの腕の中でのけぞりながら、リアリはなにかを言いかけた。


「なんです? なにが言いたいんです」

 

 リアリの死相をはっきりと映した眼が動いて、ラザに焦点を合わせた。

 痙攣する指がかすかに持ち上がり、ラザは冷たい手でその指を握り締め、頬にあてた。


「なんですか? 言ってください」

 

 紫に変色した唇がひらく。

 だが声は紡がれない。

 流れる血は止まらない。


「リアリ」

 

 ラザはリアリを抱きしめた。

 血まみれの手で頭を掻き抱き、髪に顔を埋めた。


「死ぬなら、僕の腕の中で死んでください」

 

 みるみるまに、呼吸も脈拍も、不規則に、途切れがちになっていく。

 カイザは大声をあげて泣き叫び、必死に呼び戻そうとした。

 心臓がゆっくりと停止しかけたそのときだった。

 リアリの声ならぬ声が響いた。


 ――いつか、続きを聴かせてって、ラザに伝えて。


 どのくらいそうしていたのか、誰もわからなかった。

 ラザがリアリの遺体から石片を無造作に引き抜いて放り捨てた。

 聖服の袖で血と灰に汚れた顔を拭い、髪のほつれを撫でつける。

 美しい王家の碧青(ミルヒ・クレイスター)の双眸。

 だが、もう二度と、輝くことはない。

 ラザの指が、リアリの両方の瞼を閉じた。


「死んでも美人ですよね。さすが僕のリアリです」

 

 愛おしげに唇を重ねて、亡骸を大切そうに抱き上げる。

 その背は毅然と伸びていて、特に悲嘆に暮れているようには見えない。

 だが、カイザにはわかっていた。

 佇むラザの首に腕をなげかけて、二人、額を突き合わせてしばらくそのままでいた。


「あのさリアリから伝言なんだけど。……『いつか、続きを聴かせて』だってよ」

 

 ラザはちょっと驚いたようにカイザをじっと見た。

 カイザは腕を解き、リアリの死に顔をみつめながらこめかみを指で掻いた。


「聴こえたんだ……本当だぜ?」

「信じます。君の言うことですからね」


 ラザは腕の中のリアリを睥睨した。


「どうせ聞えていないでしょうけど、腹を立てているので、言っておきます。あたりまえです。結局僕だけ求婚できていないんですからね、こんな消化不良なままで終わるわけにはいきません。必ず居所を突き止めて、押し倒して、今度こそ本懐を遂げますから。絶対に逃がさないので、覚悟してくださいね」

「俺、手伝います」


 シュラーギンスワントの申し出の意図をカイザは正確に察知した。

 ラザは知ってか知らずか、「いいでしょう」と首肯している。


「僕の役に立てるものなら立ちなさい」

 

 言い捨てて、リアリを抱えたまま、すたすたと山を下りはじめる。

 カイザとシュラーギンスワント、マジュヌーンは慌ててあとを追った。


「え、兄貴。ラザ! ど、どこにいくんだ」

「ここは危険なので離れます」

「リアリを連れていくのか」

 

 カイザはどんどん遠ざかるレニアスとエイドゥ―、ライラの遺体を振り返った。


「連れて行きます。そう約束したんです。二度と離れないと。君は違うんですか」

「……違わ、ねぇ。うん、俺も、約束したんだ。絶対、おいていかないって……」

「あとは、諦めないで、最後の最期までしぶとく生き抜かなければならないんですよね。めんどくさい。でもそうしないと、次に再会したときに、リアリにどやされそうです」


 ――それが皆の志を継ぐと言うことよ。


 カイザはぐっと、奥歯を噛みしめた。

 ばん、とラザの背中を平手で叩く。


「まかせとけ。兄貴は、俺が守るよ」


 シュラーギンスワントがすっと脇に就く。


「俺もお傍に」

 

 マジュヌーンが小さく吠えてラザに背に乗るように促した。

  

 

 地の底を揺るがしつつ、エコーレ山が二度目の火を噴いた。

 こののち、大陸は衝突と分裂を幾度も繰り返し、永く、氷河に閉ざされた時代を迎えることになる。

 生命が復活し、人類が再び地上にみちるのは、ずっとずっと、あとの話。


 

 気の遠くなるような時間の流れ。

 その先端に立つということ。

 この奇跡を、喜び、わかちあうひとがいれば、ひとは何度でも甦るだろう。

 幾星霜を重ねて。

 彼方まで。

 回帰を繰り返し、そしていつか、求めるところへ。

 最愛のひとのもとへ。



 最後まで悩みぬいたエピソードでした。

 

 泣いても笑っても、次で最終話です。

 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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