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千夜千夜叙事  作者: 安芸
最終話 滅びなき光
125/130

求愛

 最終話まで、連続投稿行きます。

 どうぞ最後まで、よろしくお願いいたします。

 灰の雨が雪のように白く降っている。

 地上は大津波の余波がまだ退かず水浸しで、更に、不気味な地鳴りが断続的に続いていた。

 カイザがリアリとラザを発見したのは、エコーレ山の山腹だった。

 中腹から山頂付近にかけては大津波の害にやられず、緑がそのまま残っていた。

 しかし樹木は風に乗って運ばれてきた火山灰で既に白く埋め尽くされている。

 エコーレ山はまだ噴火には至っていなかったが、それも時間の問題と思われた。


「リアリ! ラザ!」

 

 二人は灰まみれで、山頂に近い山の斜面に膝をついた格好でうずくまっていた。

 カイザの呼びかけにより早く反応したのはリアリで、上空に現れた彼を見るなり軽く手を挙げて応えた。

 カイザは垂直降下し、手を伸ばすのももどかしい様子でリアリとラザの首を掻き抱いた。


「よかった、無事で」

「カイザこそ。“方舟”は? “盾”はどうしたの?」

「予定より遅れたが、チーテス海底谷に降下した」

「本当に? 間に合わなかったかと思ったけど……」

 

 カイザはリアリの肩にすがるように顔を伏せた。

 瞼の裏に焼きついたあの光景。

 眼の前を遮ったのは、(ゼ・フロー)竜の体躯だった。

 それから仲間たちの絶叫と怒号、引き上げられる力。

 光の衝撃波が防御障壁に炸裂、跳ね返され、反動をくらえば、肉体などひとたまりもなかった。


(ゼ・フロー)竜と他の皆が、庇ってくれたんだ……“盾”と、それから、俺を……」

「ご自分を責めないでください」


 言いながら、遅れてシュラーギンスワントがマジュヌーンの背に乗って降りてきた。


「シュラ! 血まみれよ!」

「俺は平気です。それより、リアリ様とラザ様にどこかお怪我はないですか」

「どこが平気なのよ。動かないで、止血するから。マジュヌーン、あんた怪我は?」

 

 砂漠虎は長い尾をパタパタ振った。

 あちこち血が凝固して毛玉になっているが、深刻そうな傷はない。


「おまえたちにも庇われたな」

「“盾”を沈めるのにコントロール・ルームの制御が絶対必要だっただけです。カイザ様は成すべきことを成しました。それで皆も納得すると思います」

 

 リアリはタウブの袖を引き裂いた。

 そしてシュラーギンスワントの額に手早く巻きつけた。結び目をつくり、縛る。


「きつくない?」

「大丈夫です。ありがとうございます」


 生真面目に頭を下げるシュラーギンスワントをリアリは軽く抱擁した。


「カイザを守ってくれてありがとう」

 

 シュラーギンスワントは困ったようにかぶりを振って、周囲に眼をやった。


「ライラは一緒では? それにレニアス様は?」

「そうだ、あとエイドゥーも。先にこっちに送ったんだけど、あいつは?」

「いますよ、ここに」


 それまで口をきいていなかったラザが地面を指した。

 足元に三つの灰の山。

 カイザは眼を瞠った。

 衝動的に屈み込み、腕を伸ばして、一番手前の灰の山を払った。

 重度の火傷を負ったレニアスの死に顔が現れた。

 瞳孔がひらく。

 心臓が音を立てて縮まる。

 動脈がびくりと跳ねあがる。

 カイザの指が重くたどたどしく動いて、隣の灰の山を揺する。

 目鼻立ちの区別もつかないほど焼けただれた、しかしその面影は見間違うことのないエイドゥーの死に顔を認めた。


「一頭の(ゼ・フロー)竜とこの二人が僕たちを守りました。それに、こっちのライラも」

 

 ラザが三つ目の灰の山を手の甲で払う。


「ずっと僕に付き添っていたんですけど、僕たちをここまで運んできて力尽きたようです」

 

 マジュヌーンが哀しげに鳴き、ライラの冷たくなった体に鼻先を擦り寄せた。

 カイザは茫然として動けなかった。

 信じられない思いでいっぱいだった。

 眼の前で大勢の仲間たちが衝撃波にやられてあとかたもなく消滅していった場面を目撃していながらも、エイドゥやレニアスを失うとは考えていなかった。

 耳の奥でエイドゥの軽薄そうな声がこだまする。


 ――僕は君のためになんでもやるよ。言いなよ、なにをしてほしいんだい?


 ――任しときなよ。僕が君のお願いをしくじったことがないの、知っているだろ。今度もうまくやるさ。

 

 ――いやいや、親友のためだからねー。じゃ、行ってくるよ。


 カイザは拳を突き上げて、地面に叩きつけた。

 声を殺して泣いた。

 深い慟哭と後悔の嵐がこみ上げて嗚咽が噛みしめた唇の端からひゅうっと漏れる。


「……エイドゥね、顔はそんなだけど、手はきれいなの。たぶん、咄嗟に仕事のことを考えて庇ったんだわ。レニアスは、どこかからこっそり私たちをつけていたみたい。ライラは最後の一瞬まで私を庇ってくれたし、アッシュは炭化して消えちゃった……」

 

 虚ろで静かなリアリの声が二人と一頭の死の上に沁みてゆく。


「皆、どこかの星に還ったのよ。だから、巡り巡れば、いつかはまた逢えるの」

 

 それは自身に言い聞かせるようでも、心からそう信じているようでもあった。


「残ったの、私たちだけね」

 

 カイザはぐいと腕で目尻を拭って顔を上げた。

 ぽつりと呟いたリアリの眼に、ふわっと涙が盛り上がり、頬をつっと伝って落ちた。

 きれいな滴はあっというまに灰に溶ける。


「でも、諦めないんだから。最後の最期まで、しぶとく生き抜いてやるわ。それが皆の志を継ぐと言うことよ。そうしないと、次に逢ったときにどやされるもの」

 

 涙目で笑うリアリを見て、カイザはきれいだと思った。

 誰よりも、誰よりも、誰よりも、とてもきれいだと。

 そして気がついたときには、二の腕を引き寄せ、胸にきつく抱きしめて告げていた。


「愛してる。結婚してくれ」

 

 が、すぐにラザに殴り倒された。


「うわ、痛ってえな。ひでぇよ、兄貴!」

 

 ラザはカイザを足蹴にしてどかどかと踏みつけながら、殺気だって嗤った。


「なにがどこがどうしてひどいんです。え、言ってみなさい。僕を、この僕をさしおいてリアリに求婚とはいい度胸です。君が弟でなければとっくに無残な屍ですよ」

「ごめん、悪かったよ。抜け駆けだったよな。つい、その、思わず言っちゃってさ。なあラザ、怒んなよ。大丈夫、俺、二番目の夫でいいからさ」

「あいにくですが、君は三番です」

「え? なんで?」

「僕が二番目の夫なので」

「じゃ、誰が一番なんだ?」

 

 カイザの両眼がすうっと冷めた。

 真剣で獰猛な光が宿り、そのまままっすぐにリアリを見据えた。

 きつく問い質す視線がリアリの上をさまよい、左手をとらえ、王妃の指輪をみつける。驚愕の色が迸り、ついで、威圧的な眼光が閃いた。


「その指輪、なに」


 口に入った砂を唾棄しながら、カイザは手をついて立ちあがった。


「誰から受け取った」

 

 リアリの手を掴み、指輪に眼を凝らす。

 その精巧な意匠、まぎれもなき王家の紋章。

 

 ――ディックランゲア王子から。我が妻を頼むとさ。


 “我が妻”。

 

 あれは、リアリのことだったのだ。

 ようやく合点がいった。

 カイザはリアリの手を離した。

 そのまま握っていると骨を粉砕してしまいそうだった。

 代わりに、自分の十指を組んでバキバキと鳴らした。


「あの野郎……こっちの知らないところでひとり抜け駆けかよ。許せねぇ。畜生、“方舟”なんか乗せるんじゃなかったぜ。刺して裂いて煮て焼いて炙って挽いて撒いてやったのに。くっそ、あー、くっそ、おもしろくねぇっ。次に逢ったらただじゃおかねぇぞ……」

「それはそうと、カイザ、来なさい。もう一度やり直しです」

「ああ? なにを」

「ぶつぶつ言ってないで、こっちへ。リアリ、あなたもです。いえ、ちょっとじっとしてください。髪が乱れています」

 

 ラザはリアリの長いやわらかな髪に指をくぐらせた。

 何度か梳いて、きれいに整える。

 それから、袖のない(タウブ)の灰を丁寧に払い落して、肩を抱き、灰の雨があたらないよう近くの樹の下へ連れて行った。


「心の準備はいいですか?」

「待って、宝冠(ティアラ)を」

 

 リアリが懐から小さなエメラルドの宝冠(ティアラ)を取り出し、ラザに手渡そうとして、手を止めた。 くるっとカイザを振り返り、首を傾げて微笑む。


「これ、ありがとう」

「ん、いや、気にいってくれたならいいんだけどよ……えーと、兄貴、なにすんの?」

「僕と君でリアリに求婚して結婚するんです」

 

 カイザは仰天した。


「は? え? なに、まさか、いまここで?」

「そのために僕は君を待っていたんです。なんです、その顔。嫌なら別にいいですよ。僕だけリアリといちゃいちゃべたべたするんで。ただし、あとで悔やんで新婚夫婦の邪魔をするなんてみっともない真似はやめてくださいね。そんなことされたら、たとえ弟の君といえども、ただじゃすみませんよ……?」

「うわ、待った、待った。わかった、わかったって。俺、俺も求婚する。やり直しするって。結婚したい、三人で――」

 

 リアリは頷いた。


「あそこでレニアスとエイドゥが見てるわ。ライラも、それにどこかからきっと、他の皆もね。祝福してくれると思うの。そうね、ディーク様を除いては」

「それがなにか? もし君のはじめの夫が難癖をつけるようでしたら、まかせなさい。僕がきれいに口を封じてあげますとも」

「ううん、私が謝るわ。許してくれるはずよ、優しいひとだから」

 

 胸の裡でディックランゲアを想う。

 “方舟”に乗れないことを承知の上で、見送ってくれたであろうひと。


「シュラ、立会人をお願い。マジュヌーンも見ていてね」


 生と死は隣り合わせ。

 悲しみと喜びもまた。

 

 長かった物語もいよいよラストが近づいてまいりました。

 あと、二話です。

 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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