すべての思いを乗せて
”方舟”と”盾”の結合です。
そして、とうとう小惑星襲来。
――結合開始だ。
“方舟”と“盾”は超越者らの二重障壁に守られながら結合開始した。
“盾”の頂点が割れた。
ゆっくりと音もなくほころびはじめ、その様子は青い蓮の開花に似ていた。
外殻が完全に平らに落ちつくのを見計らい、角度が微調整され、上空の“方舟”へと運ばれ、接近する。
“方舟は”完全停止し、息をのむかのような沈黙のまま、“盾”の到着を待った。
カイザは空気圧や気流の強弱をよみながら“盾”を押し上げていった。
少しの誤差もあってはならない。
失敗は許されない。
やり直しなどきかない、一発勝負だ。
緊張と集中で極度に精神感は研ぎ澄まされていた。
シュラーギンスワントとマジュヌーンがはらはらしながらも、周囲を警戒している。
ジルフェイ、ティルゲスター、ミュルスリッテ、クァドラーンは内部障壁の力の均衡を一定に保つべく互いを制御し合っている。
イズベルク、スレイノーン、ローダルソン、マジュリット、サテュロス、ライズジェガールは各自持てうる限りの最大出力で外部障壁を張っている。
そしてリアリは、莫大な力の集合体を一身に負荷している。
自らの早い鼓動をききながら、カイザはじっとスクリーン・パネルに眼を凝らし、“方舟”と“盾”がぎりぎりまで近づくのを、息をつめて見守った。
「そのまま、上へ」
音声入力装置へ、ロスカンダル語で指示する。
「結合」
緊張が最高潮に達した。
瞬間、“方舟”と“盾”は繋がった。
思わず吐息をついて、カイザは天井を仰いだ。
額から滴る汗が頬骨をなぞり、顎を伝って盤上装置に落下する。
「閉殻開始」
“盾”の外殻が身を起こし、“方舟”をその内に抱きつつ、閉じはじめた。
――生き残れ。
――どうか最期まで、幸せに。
カイザの祈りに応じる声が幾つも重なった。
古い友たちの声は涙と苦渋にみちていた。
――いつか。
――いつかまた、逢おう。
――それが遥か先の明日でも、必ず――
――ことづけだよ。
不意にレベッカの声がかぶさる。
――ディックランゲア王子から。我が妻を頼むとさ。
カイザは首を捻った。
妻? 誰のことだ?
だがそれを質す間もなく、最後に聞えたのはハイド・レイドの声だった。
――エンデュミニオン。こっちは任せなよ。
――おまえに任せるのは微妙に不安だけどな。
――あっはっは。違いないね。僕ときたら暗殺者で気まぐれで性質が悪いもんね。
――わかっているなら自嘲しろ。
――はいはい。僕は君に拾われた恩義があるから、言うとおりにしましょ。だから君も、もうリュカオーンをおいていかないように。泣かせないでね、あの子を好きだったのは、別に君やオランジェだけじゃなかったんだから。
おどけた調子がいたましいままに、思念波はそこで途切れた。
カイザの脳裏にゲイアノーン時代の他の“能力者”たちとの“方舟”暮らしがふっとよぎった。
懐かしくも、ほろ苦く、痛みと切なさを伴って、甦る思い出の中に、仲間たちがいた――。
そこにはいろいろな思いがあったのだろう。
ロキス・ローヴェルやジリエスター博士のように、過去に縛られ、罪を購うために生き抜いてきたもの。
ヒューライアーやアレクセイのように、生まれや力が仇となって、生きざるを得なかったもの。
ハイド・レイドのように、自分の思いに執着し、死ぬことができなかったもの。
或いは、自分たちのように、再びの生をやり直したかったもの。
カイザの胸の中でリアリの笑顔がぱっと輝いた。
会いたい。
抱きしめたい。
離れたくない。
離れていたくない。
腕が寂しがっていた。
胸が空虚だった。
「言われるまでもねぇよ。もう二度とおいていかねぇって、約束したんだからな」
見つめる先で、ややあって、“盾”は静かに元の形におさまった。
「結合完了」
あとはこのままチーテス海底谷へ降ろせば――。
と、カイザが緊張を解いたそのとき、待ちかまえていたかのように、星脈が大きく掻き乱れた。その激しさは九千年前の大変動を遥かに上回った。
――小惑星が――
あ。と、思った瞬間には、眼の前が真っ暗になった。
長かった物語も、いよいよ終焉の時が近づいてまいりました。
特に最終話に突入してからが、まだ続くのかよ、と自分でも辟易しながら、数々のエピソードをクリアしていきました。
次話、再会です。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。