ひとという希望を未来へ
いよいよクライマックスが近づいてまいりました。
”盾”の到着です。これで、”方舟”と対なるものがそろいました。
皆、がんばれ! の巻です。笑。
カイザは席についた。
パスワードを入力し、ただちに“方舟”への直通回路をひらく。
正面モニターの映像がすぐに切り替わり、“方舟”の操縦室が映し出される。
「こちらカイザ。コントロール・ルーム、応答せよ」
「こちらレベッカ。聞えているよ、どうぞ」
「レベッカ。よかった、あんたはちゃんと乗船したんだな」
レベッカはくぐもった唸り声を咽喉の奥から発して、肩をすくめてみせた。
「不本意というか不承不承というか、遮二無二というか、なんというかだけどね」
そう応えるレベッカの右斜め背後にはナーシルが後ろ手に控えている。
カイザはクッと笑った。
「そうか。とうとうほだされたってわけだ」
「なんとでもお言いいよ」
「じゃ、祝福でもしておく。幸せにな。ついでに、皆の面倒も見てくれ。頼む」
モニターの向こうでレベッカが溜め息をつく。
「ああわかった、わかった。任せておきな。あんたの分まで――リアリやラザの分も合わせてね、せいぜい仲よく暮らすことにするよ。ところで、外はどんなあんばいだい?」
「そっちからも見えるだろ。時間がない、はじめるぞ」
「“方舟”と“盾”が結合したら通信も思念波も届かないよ。なにか誰かに伝えたいことはないかね」
カイザの脳裏をディックランゲアが掠めた。
――しかし、私はリアリ殿に必要な男だ
カイザの脅しに屈せず、はっきりとそう言った王子の眼が忘れられない。
「……そこにディックランゲア王子はいるのか」
「いるよ。民を鎮めるのに尽力している。恐慌状態になっていないのはあの方のお力だね。もっとも、王子じゃなくて王におなりのようだけど」
レベッカの操作で“方舟”の現在の様子が点々と映し出される。
アンビヴァレントの皆がいた。
父も、母もいた。
王や王妃、王弟と王弟妃、アレクセイ、ハイド・レイド、カッシュバウアー、ゼレバーニス……それぞれが懸命に動いていた。
そしてディックランゲアも。
救急看護室にひしめく負傷した民の手をとって、ひとりひとりに話しかけている。
落ち着いた物腰、あたたかなまなざし。
あのときは認めがたかったが、いまなら認められる。
ラザや自分とは違った意味で、奴もまた、リアリに必要な男なのだ。
とりわけ、いまとなっては――。
「王子でも王でもいい。ディックランゲアに伝えてくれ。“方舟”はあんたのものだと。未来へひとという希望を残してくれと。俺たちはそのために命をかけよう」
「間違いなく伝えるよ」
レベッカの声は震えていた。よく見れば、うっすらと涙目だ。
――九千年前の約束は果たされた。たぶん、また次も逢えるだろう。だからお別れはなしだよ。
――そうね。私たちが望めば、またきっと逢うこともできるでしょう。
カイザより先にオルディハが応じた。カイザも続ける。
――未来で逢おう。それが限りなく遠い先のことでも、惑星が氷の眠りから目覚めたそのときに――
カイザは回線を切断した。
外に待機する仲間たちを一望する。
リアリと同じく、覚悟を決めた眼だ。
研ぎ澄まされた力が結集し、ふつふつと漲っているのが感じられる。
――“盾”を喚ぶ。上空に到着次第、障壁を張ってくれ。二手に分かれた二重障壁がいい。
――まかせて。エドゥアルド、ルキトロスは“盾”を守って。ジルフェイ、ティルゲスター、ミュルスリッテ、クァドラーンは内部障壁を。イズベルク、スレイノーン、ローダルソン、マジュリット、サテュロス、ライズジェガールと私は外部障壁をつくるわ。意義のあるひといる?
――俺とマジュリットを交替しよう。その方が互いの力の相性がいいだろう。
――ああそうね。いいわ、じゃジルフェイが外でマジュリットは内にいって。
等間隔をあけて、二重の円陣を組む。
中央に“方舟”を据え、右上空にコントロール・ルームが浮遊している。
その布陣を眺め、一度宙に注意を向けた。
それから正面のモニター・パネルに現在の王城を映し、ロスカンダル語で“盾”に発射命令を出した。
おもむろに、王城が揺れた。
建物の天辺が割れ、頂点から底辺まで縦に亀裂が及ぶ。
細かなひび割れが壁面にジグザグに奔る。
二度目の振動で地面が盛り上がり、上下両方から華麗に崩れていく。
距離があるにもかかわらず、ぞっとするような轟音が空気を鳴らした。
そして同時に、凄まじい力が解放された。
その煽りをくらう。自分たちと似て異なる波動を浴びる。
悲鳴。雄叫び。苦悶。
コントロール・ルームに隔離されているカイザでさえ、一瞬意識が遠のいた。
能力者の力――
完璧に練成されて“盾”を九千年もの永きに渡り守り続けてきたエネルギー。
中核であった炉から放出されたいま、行き場を失い、方向性を見いだせないまま、濃密な気塊は熱と粘り気を帯びたままひろがり、あちこちでばちばちと放電をはじめた。
不安定に澱む力は障壁の基礎をぶち壊した。
――博士が逝ったわ。
――ロキスもな。息子が一緒なら、慰められるんじゃねぇか。
――待て、俺たちの方が問題だろ。
――やりなおさないと。でも動けない。
――落ち着いて。態勢を立て直しましょう。
とはいえ、痺れた身体が言うことを利かない。
そうする間にも火花がより強く弾けはじめる。
このままでは“方舟”に害が及ぶ。
そうこうする間に鮮烈なる風をひいて“盾”が到着した。
厳かな沈黙をまとい、優雅な曲線を描く卵型の青い球体。
外殻は鈍く照り耀き、発動をいまかいまかと待ちわびているようだ。
不運にも、大気に瞬間的に高温が発生、空気が膨張した。
エネルギーを周囲に伝播させ、大規模な破壊をもたらす条件が整った、そのとき――。
引き潮の如く、力の波が根こそぎ持っていかれた。
それだけではなく、頭上を巨大な影が覆い、驚いた面々が見上げると、そこには総勢二十一体の石竜が翼をひろげた恰好でいた。
その眺めは壮大にして圧巻で、全員が息を呑んだ。
「リュカオーンだ」
「リュカオーンが呼び寄せたんだわ」
歓喜に湧いたのも束の間で、使命を身に帯びた面々はすぐに自己回復を図る。
興奮冷めやらぬ面持ちのまま、あるものは腕捲りをし、あるものは涙を拭った。
――エンデュミニオン、はじめていいわ。
オルディハの合図にカイザはすべてのシステムがオール・グリーンを示していることを確認して言った。
――結合開始だ。
あいにく、結合まで終了できませんでした。なんだかおさまりが悪かったので……じ、次回こそ、いきます。
次話、リアリ・ラザ・カイザ、ひさしぶりに三人がそろうはず。の予定です。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。




