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千夜千夜叙事  作者: 安芸
最終話 滅びなき光
120/130

勇気を呼び覚ますもの

 こじれていたラザとリアリの関係がようやく正しいものになりました。

 

 リアリはローテ・ゲーテを遥か眼下に望んだ。

 はじめの大地震で多くの建物が崩壊し、美しく整備され、ひとびとの活気に満ちていた都市のほとんどがその機能を失った。ただかつてロスカンダルの首都であったゲイアノーン、その中枢部の上に聳える王都スライセンの王城だけが敢然と残っている。

 円船は既にない。打ち合わせの通り、移動したのだろう。あちこちから上がる白煙の筋と遠目にもはっきりとわかる地上の大亀裂が痛ましい事態を想像させて、リアリは身体の横で拳を握りしめた。

 もっと早く――もっとずっと早くに避難勧告を出していればよかった。

 悔やんでも悔やみきれず、何百回となくリアリは己を罵倒した。たとえそうしたとしても、やがて訪れる大寒波を思えば、無事に生き延びることは非常な困難だったろうが。

 リアリは胸をひらき、腕をひろげた。

 やや顎をそびやかせ、眼を瞑る。

 力をもって星脈の動向を探り、星力の流れを図ろうとした。

 “道”が決壊したばかりのいま、熱量の力場はとりわけ不安定だった。

 なにがきっかけでなにが起ころうとも不思議ではない。

 磁場の変質や地軸が真逆に傾く恐れすらある。

 小惑星が地表に衝突すれば尚更だ。

 リアリは力の精度を高めた。

 精神体の一部だけ、王城の地下深くにまで潜らせる。

 

 “盾”はまだそこにあった。

 静的にそのときを待っているかのようだ。

 更に下へ。

 大黒星塔があり、動力炉たる間に着く。

 多くの“能力者”たち――目醒めぬ同胞はいまもまだその生命力を搾取され続けている。

 ジリエスター博士の手により、過去の叡智をもって九千年分蓄積されたこの“力”は、凝縮されたままエネルギー炉に留まっている。

 白衣のジリエスター博士の姿が垣間見えた。

 死相を面に浮かべたまま、しかし最期の気力を振り絞ってエネルギー炉の稼働を見張っている。

 眼は窪み、瞳孔だけが爛々と熱を帯びてその様子は命の終息が間近なことを告げていた。

 ロキス・ローヴェルはそこから一枚扉を隔てた向うに、壁に寄り掛かってじっといる。


 リアリは戻った。

 浅い呼吸を繰り返して、深い呼吸に繋げる。

 ほどなく小惑星が大気圏に突入する。

 個体のほとんどは消滅するが、断片のいくつかが地表に届くだろう。

 そのときに生じる衝撃波から守るには、“力”が必要だ。

 リアリは“盾”の発射と同時にエネルギー炉から解放される膨大な動力を操作し、巨大なバリアを張るつもりでいた。

 方舟を守るために。

 

 ひとりで――もつかどうか。

 

 制御する力場が大きすぎる。

 かといって、他の仲間と協力して行うことは、危険が高い。

 呼吸がうまく合わなければバリアを張るどころか、意識体をあっというまにさらわれるだろう。

 

 ただひとり――そう、エンデュミニオンであれば、或いは同調できた可能性もある。


 だが彼はいない。

 ラザとカイザという二人の人間にわかれてしまったのだから。


「リアリ」


 不意に声をかけられて、リアリははっとした。

 ライラの背に不本意そうに腰かけていたラザが唐突に口を切ったのだ。


「え? ごめん、いまなんて言ったの?」

「カイザと合流したら、三人で結婚しましょうと言ったんです」

 

 理解不能だった。

 ラザのサーキュラーコートの裾が風に捲り上げられ波打つ様子が眼に痛い。

 明灰色のやわらかな髪がすっと怜悧に通った鼻筋にかかり、それをうるさげにラザの手が掻きあげる。

 瞳はゆらぐことなく、まっすぐにこちらに向けられている。

 ときとして残酷、酷薄で、皮肉めいた光をちらつかせ、ごく稀に甘い熱を迸らせる双眸が。

 いまのラザの眼はそのどちらとも言えず、どちらとも言えるような読みがたいまなざしだった。


「……は?」


 リアリの反応が面白くなかったのか、ラザの態度が途端に禍々しいものになる。

 殺伐とした眼光を閃かせた眼は細められ、口角が不穏な形に持ち上がり、声は氷点下を記録する。


「あなた、僕の言うことちゃんと聴いてます?」

「き、聴いてる、聴いてるわよ、ちゃんと! でも、な、なんで結婚」


 リアリは左薬指を隠すようにした。

 ディックランゲア王子に嵌められた王妃の指輪が急激に重みを増したようだ。

 ラザは相変わらず不遜な口調で続けた。


「したいんです、あなたと」

「どうして……?」

「死んでもあなたを放したくないんです」

 

 ラザの肩からふっと力が抜ける。

 珍しく、自信を欠いた口調で告白する。


「僕、あいにくというか、さいわいというか、まだ死んだことがないもので、死後どこへ行くかわからないんですよね。どこかへ行くのかどうかも、どうなるのかも、さっぱりです。だからあなたとうっかりはぐれてしまうかもしれない。そんなのは嫌です。まあ、きれいさっぱり消滅するというならともかく、万が一にも次に甦ることがあるならば、あなたといたいんです。わかります? この意味」


 ラザは天を仰いだ。


「いつかまた逢えるなら、その機を絶対に逃しません。だけどそのためにできることって、なにがあります? 運を天に任す以外に? 命って、そもそもなんなんです?」


 ラザの疑念は究極の問いだった。

 リアリには答えるすべがない。


「僕が僕であること――あなたがあなたであることの意味は? 転生なんて信じてはいませんでしたけど、もしそんなことが本当に起こり得るなら、それはどうすれば可能なんです? 誓い? 絆? 愛の深さ? それとも? まったく、不確定要素が多すぎて僕にはわかりません。あなたと逢えたこと、カイザと双子であることは、僕にとって大事なんです。だからせめて、通俗ではありますけど、あなたと誓いを交わしたいんです」

 

 胸の内をさらけだしたラザは、いままで見たことのない顔をしていた。

 リアリは震えた。

 かろうじて立っているのがやっとだ。

 ラザの心を、思いの深さをこうしてまのあたりにしてみれば、自分の振る舞いがいかに軽率なものであったのか、思い知らされる。


「……でも、わ、私は……もう、王子と……結婚、の、ち、誓い……を、し、しちゃった、から……」


 おしまいまで言いきれず、リアリは俯いた。

 涙がこぼれそうになって、眦に浮かぶ。


「それが?」

 

 ラザの腕が伸びてリアリの顎をしゃくった。

 長い指で、涙を拭われる。


「考えてみれば、ローテ・ゲーテ法で重婚が許されているんですよね。多夫多妻制、皆平等に扱うのであれば、愛に忠実であっていいんです。だから、ひとりをひいきにしたりしなければ、あなたが何人と結婚しようとあなたの自由です。王子と結婚していたって、僕とカイザを夫にしても罪に問われることはありません。そうでしょう?」

 

 リアリはびっくりしたあまり、しばらく呼吸をするのをやめた。

 ラザの手が、とんとん、と背を優しく叩くまでは。


「まあ、正直、不本意ですけど。あなたを他の男どもと共有するだなんて考えただけで胸糞悪くなりますけど。片っ端から仕事と称して、八つ当たりして殺しまくりたい気分ですけど。悪魔のように大陸横断殺戮行脚ができればさぞや気持ちいいと思うんですけど」

 

 リアリは首がもげそうなくらい首を横に振った。

 ラザの声は本気も本気で相当怖い。

 ラザはにっこりと微笑んだ。


「でもしません。おとなしくあなたの良い夫をつとめますから、つべこべ言わず、僕と結婚しなさい。いえ、僕たちふたりと結婚して、僕たち二人の妻になりなさい」

 

 そこでひと呼吸おき、瞳孔を一際強く光らせる。


「ああそれとも、王子にだけ操を誓った、とか? どうなんです? ははは、まさかそんなことありませんよね? え、どうなんです? うっかりそんなことを誓っていようものなら、温厚温和誠実一途のこの僕の、品行悪性悪辣下劣のこの僕の、堪忍袋の緒も切れちゃいますけどね」

 

 激しい嫉妬に狂ったラザの眼が熱を帯びて輝くのを見て、不意に、なぜかリアリは笑いがこみ上げてきた。


「っははは、あははははは」

「なにがおかしいんです」

「おかしくない――嬉しいの」

 

 リアリは満面笑顔でラザにとびついた。

 胸がうるさいぐらい高く鳴っている。

 こんなにもときめくなんて、心臓が破れそうだ。

 大声で泣いた。

 泣きじゃくった。

 涙があとからあとから溢れてしまい、鼻水とまじってたちまちひどい有様になる。

 ラザの繊細な優しい手がゆっくりとリアリの後頭部を撫でる。


「返事は?」

「きちんと求婚されていないわよ」

「それはカイザと一緒にします」

「じゃ、私の返事もそのときまでおあずけ」

「……へぇ。僕を、この僕を、待たせるというわけですか」

「ちょっと、求婚者が凄まないでよ」

「別に凄んでいません。おしおきとしつけが必要だと思っただけです」

「それは脅しよ!」

 

 リアリはぎょっとしてわめいた。

 ラザの顔が近づく。

 薄い唇が耳元に近寄って、低い腰に響く声で囁かれる。


「では、愛の告白はまたあとで。待っていなさい、僕を焦らした罪は重いですよ」

 

 身体の奥で、得体のしれない力が湧きあがるのが感じられる。

 それは熱く強い波のように全身を満たして、リアリの中のなにかを呼び覚ました。

 

 ――鼓動が聴こえる。


 自身の。ラザの。生きとし生けるものたちの。そしてこの惑星の。

 絶やしてはならない。決して。

 リアリはラザを直視した。

 互いの瞳の中に互いの姿だけがくっきりと映っている。

 どちらともなく手を繋いだ。

 この温もりが、勇気を与えてくれる。

 幾千、幾万の命のきらめきの中で、一際眩く輝く魂。

 リアリの顔つきが変貌した。

 唇が横に結ばれ、毅然と首をもたげる。


「いいわ。どんな罰も受ける。滅茶苦茶にしていいから、だからお願い。ここにいて。すぐ手の届く距離に、傍に、もっと近くに。私をひとりにしないで」

「いいですよ」

 

 ラザはほとんど無邪気に笑みを深めた。


「望むところです」


 あああ、嘘つきになってしまった。またしても。すみません、カイザ登場まで至りませんでした。思いのほか長くなってしまったので、一度掲載します。

 ラザの独白です。いえ、告白? やはりこのまま引きさがる彼ではなかったということで。笑。ラザらしく、リアリを繋ぎとめることができたでしょうか。

 

 では次回こそ、カイザ降臨で。

 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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