どうしようかしら
酒宴の席、前半です。
後半山場は、明日。いや、今日か。笑。
次はカイザの出番です。
リアリが厨房を覗くと、ラザは既に調理用の白い専用服に着替えていた。
「髪、結んであげる」
袖をまくっている途中の手を留め、ラザが薄く微笑した。
リアリはラザの口にくわえられていた髪紐をさらう。
「ごめんね、疲れているところ」
「あなたに癒してもらうので別にいいです」
「ラザは私に甘すぎるわ」
「あなたにだけ、甘いんです。優越でしょう?」
「そうね。私も、あんたに甘やかされるの、好きみたい」
リアリはくすくす笑いながらラザの髪をひとつに束ねた。
突然、ラザがくるっと後ろを向いてリアリの身体を厨房の壁に押しつけた。
腕が左右に伸びて、囲われる。
ずい、と危険な双眸がリアリの眼の前まで迫る。
「僕を挑発するとは、いい度胸ですね。これから食事の支度をしなきゃいけないのに、あなたがかわいいことを言うから、燃えてきちゃったじゃないですか」
「ちょ、挑発なんてしてないわよっ。ちょっと、どこ触ってるの!」
「胸です。僕、あなたの胸を撫でるの好きなんです。柔らかくって、弾力があって、ちっとも飽きません。せっかくだから脱がしてもいいですか?」
「だめに決まってるでしょ!」
「ち。仕方ありません。じゃ、夜まで待ちます。なんだかお預けをくらったみたいで焦れますね。ん、いえ、焦らされるのも結構いいかもしれません。こう、じりじりした気分がいっそう盛り上がります。早く二人きりになってあなたを組み敷きたいです」
爽やかな口調でありながら、眼の奥が獰猛な光を帯びている。
本気だ。
リアリは後退した。
冷や汗がじっとりと背を伝う。
逃げたい、と心底思った。
夜が恐ろしい。いったいどんな目に遭わされるのだろう。
「僕、頑張ります。すぐにおいしいものを用意しますので、待っていてくださいね」
「楽しみにしてる」
ラザの微笑みが深まる。
「うまく陥落できればいいですね」
リアリはラザと瞳を通わせた。
さすがにラザだ。
どうも思惑を見透かされている。
「行ってらっしゃい。間違っても、近づきすぎないでくださいね」
「……はいはい」
リアリはぷ、と吹き出し笑いをしながら、ラザの二の腕に頬を擦り寄せる動作をして、厨房を出た。
ひとの秘密を暴くには、旨い食事と酒が有効である。
これに大金と女性を付け加えれば完璧である。
なぜいま、このときに、王子自らが二十一公主の転生した魂を宿す者を捜すのか――リアリはそれを明らかにするつもりであった。
ローテ・ゲーテでは、夕食前の歓談の席にて親交を深めるならいがある。
それゆえ夕食時には家族全員とお客が揃って酒を酌み交わし、歌や音楽や舞踏を愉しむ。
いま、王子の左右にはベスティアとパドゥーシカが陣を取り、王子が手にする薔薇細工の杯に交互に酒を注いでいた。
入口近くにはナーシルとグエンが寛ぎ、居間には帰宅したキースルイとルマもいて、さりげなく窓辺の傍に席を取り、警戒に当たってくれていた。
ラザが厨房にひとりこもり、リアリは居間の隅でいやに距離をおいてレニアスと話し込んでいる。 が、ちらっと、一瞥をこちらに向けて、立ち上がった。
「鎮魂祭がもうすぐですね。王子様はどなたと踊られるんです? どなたかいい御方がいらっしゃるんですかぁ?」と、左のベスティア。
「決まっているじゃない。王子様よ? お妃候補なんてたくさんいらっしゃるわよ。十人か二十人か三十人か――もっとですか?」と、右のパドゥーシカ。
ディックランゲアは苦笑した。
「いや、ひとりだ」
「ええええっ。足りなくないですか」と、ベスティア。
「そんっなに愛しちゃってるひとがいらっしゃるんですかぁ」と、パドゥーシカ。
ディックランゲアはゆっくりと杯を呷った。
「いや、顔も知らない。生まれながらの婚約者ゆえな、否応もないのだ。だが、婚儀はもう間もなくだな……私のことを気に入ってくれればよいが」
「王子のことを嫌いになる女性なんていませんよ」
目の前までやって来たリアリが微笑みながらそう言った。
仮面の奥の碧青の瞳は優しく和らぎ、どうも本音のようである。
パドゥーシカが席を譲り、リアリが隣に座る。
オイノコエを傾け、王子の杯に更に酒を注ぎ足す。
「腰が低くて慎み深い、誠実で真面目で紳士。それに、こんなに話のわかる御方だとは正直思いませんでした。いくら父と面識があるとはいえ、下々の民と共に食事なんて」
「私は我が国の民を貴賎で区別したことはない。君の誘いは、嬉しかった」
王子が言うと、リアリは虚を衝かれたように真顔になった。
笑みを含んでいた瞳が強張り、揺れて、射るように険しく尖ったかと思えば、しばらくのちに、ふっと弛んだ。
「……どうしようかしら」
「なにがだ」
「……王子とのおつきあいの仕方ですよ。本当に、どうしてくれようかしら」
ぞくっとした。
ディックランゲアは、自分に向けられるリアリのまなざしが変貌したことにすぐさま気がついた。
ローテ・ゲーテの住人は、たいてい、二つの顔を持つ。
平たく言えば、表の顔と裏の顔である。
だが、どちらも備えてこそ、このローテ・ゲーテで生きる資格を持っていると言える。
ディックランゲアは怯まずにリアリを見返した。
困ったことに、凶悪な顔の方が魅力的だ、と思った。
「……君は、私に全面協力してくれるものとばかり思っていたが」
「しますよ? でも、一線を引くか引かないか、それで仕事の進捗度も覚悟の度合いも危険度の度合いも態度も違うので。いまのいままでは、相手がやんごとなき御方、“王子”がお相手なのだから、こちらも丁寧に、従順に、正攻法で、あたろうかな、と思っていました。いまこの食事にしても、酔わせて、食わせて、油断させて、一服盛って、その口を割らせようかと」
「……一服盛るのが正攻法か?」
「ふふ。いやですか」
「よくはない」
「もし王子がこの私でよろしければ、つまり、いま王子と私との間に引いている一線を除いてしまってもよろしいのであれば、私も別の手を使えますよ? その手を使えば、お捜しのひとも、もっと早く見つかるかもしれません。でも、この手を使わずとも、時間はかかりますが捜して必ず見つけ出します。“アンビヴァレント”のメンツがかかっているので」
「では別の手とやらには、なにがかかっているのだ?」
「あっはははははは。そんなこと真面目に訊かないでくださいな。単純明快、ローテ・ゲーテ方式ですよ。時間と命と危険と報酬です。ただ、私はこの手を使う相手は選びます。気に入った相手しか取引しません。ですから、はじめは使うつもりはありませんでした。でも、いまは違います」
「どう違う?」
「そんな純情そうな眼をしてもだめです。甘い返事はしません」
「は? じ、純情?」
「鬱陶しいから取り乱さないでください。とにかく、王子さえよろしければ別の手を使いましょう。そうすると、私はかなり遠慮のない女になりますけどね。どうします?」
「……私の口からなにをききたいのだ」
「話が早いわね」
満足そうにリアリがにやりとする。
しかし眼は笑っていない。
いつのまにか、一切の寛いだ雰囲気は霧散していた。
誰もが無言で、裏の顔となり、事の成り行きを見据えている。
「なぜいま急に二十一公主の転生した魂を宿す者を捜しているの? そもそもどうして王子自らが? こういう国家機密の仕事は警備隊に依頼するのが筋でしょ。その方が私たちに頼むより手っ取り早いわよ。まあそれができないからうちへ来たのだとしても、首尾よく二十一公主の転生体をみつけたとして、なにをさせるわけ?まさか、“滅びの竜”が復活するからとか、それを退治させるとか、そんな話じゃないわよね」
「そんな話だ」
「ばかげているわ」
「ばかげていない」
「……じゃあ私を信じさせて見せなさいよ」
「君が私の捜している者を見つければよい。唯一無二の彼を。そうすれば、自ずと知ることになる」
王子はリアリと睨み合った。
どちらも本気も本気のぶつかり合いだった。
遠慮のない女、って強くて大好き。可愛ければ尚いいですよね。
ベタですが、女の子が壁に押しつけられて迫られる、このシチュエーション、燃えるー!
やっちゃいましたよ。ええ、ははは。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。