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千夜千夜叙事  作者: 安芸
最終話 滅びなき光
118/130

天変地異

 ゴンドワナ――

 約六億年前にロディニア大陸が分裂して誕生した超大陸である。

 北半球の低緯度地域から、現在の南極まで広がっていた。

 石炭紀にあたる約三億五千万年前から三億年前に地球が寒冷化し、その後、石炭紀後期には、大陸が北上、ローレンシア大陸と衝突し、パンゲア大陸の一部となる。

 人類など存在しない時代の、物語です。

 

 

 星の地核を投網さながら覆っていた“道”は、ルクトールからはじまった破裂により、星力が濁流の如く流れるままに粉砕されていった。

 九千年もの間蓄積されていた星の力が突如解放された反動は凄まじかった。

 深海から地の底まで、首を絞められのたうつ大蛇のように荒れ狂った。

 その力は大陸塊を突き動かし、そのまま移動を開始、海流は流れを劇的に変えた。

 同時に海底火山の活動が活発化し、地盤の隆起と沈下がはじまった。

 

 気候も変動した。

 風は方角を変え、雲を呼び、厚く積もらせて、大量の雨を降らせた。

 空模様は一段とおぞましい色を帯びた。

 曇天と晴天が交互に重なり、薄紫と濃い紫、朱色、山吹、あざやかな黄色、薄墨、薄青、それらの色合いが渾然一体となって刷かれた入道雲が雲海を形成していた。

 

 大気は生ぬるい半面、なにか得体の知れぬ緊迫感を漲らせて鳴っていた。

 音に聞こえない音が、眼にも見えないなにかが、だが厳然と地上の隅々まで覆った。ただならぬものが近づいていた。

 その恐ろしきものの接近をいち早く察したのは野生動物で、いまや獣という獣が、奇声を放ちつつ一目散に内陸へ身を投じて行く。

 鳥は警告声をしきりにあげながら集団で大移動をし、空は鳥影でひしめいた。

 また、虫は静まり返り、魚は狂ったように水面から跳ねて陸へ上がってはびちびちのたうちつつ、多くが果てた。

 

 異変に敏感なのは子供も同じで、幼ければ幼いほど、火がついたように激しく泣いた。

 はじめの大規模な地震は相当数の命を奪った。

 突如足元を巨大なモグラが通りでもしたかのように地面が凸凹に盛り上がり、次の瞬間には、真っ黒な亀裂が奔って道端にいたものを容赦なく呑み込んだ。

 底の知れない深さの大地のひび割れ、そして捲れ上がった丘や、山脈の稜線までも上下した。

 

 小規模の余震はほとんど切れ目なく断続的に続いた。

 海岸線がすうっと下がり、潮が引いた。

 そして地平線の彼方に白い線が一条の光を弾いたかと思うと、腹に重く響く轟音と共に巨大な壁のごとくそそり立つ高波が襲いかかった。

 海岸線にあった国家や都市、城塞は水の爪に抉られた。

 すべてが水底にさらわれ、第二波、第三波、第四波と続く海の猛威に生命は根こそぎ息を絶たれた。

 雷雲が積もり積もって雷平原と化した草原もあり、昼なのに夜のように暗い空の下、金色の雷がばちばちと閃光を落としていた。

 この降ってわいた天災にやられたヤギやヒツジ、馬や牧羊犬など家畜の黒焦げた死体の山はいまだ燻ったまま、点々と放置されている。

 

 国土の七割が湖沼を占めるある国では、いっきに沼が干上がったり、水が溢れたり、湖が移動したりする異変が報告された。

 毎年鷺の群れが冬を越す湖では、既に渡来していた鷺が謎の変死を遂げていた。

 湖面は白い翼で埋め尽くされていたという。

 

 永久凍土を有する北部地方は津波の被害こそなかったものの、かつてない事態に見舞われていた。

 地面が燃え、あちこちから炎が噴きでていた。

 凍てついた大地、極寒の地が、地震により亀裂のいった場所から爆ぜる火の波に襲われた。

 乾いた樹木に火の粉は飛び火し、山火事は拡大の一途を辿りはじめる。

 

 ひとびとは泣き叫び、逃げまどい、走った。

 親兄弟とはぐれるもの、恋人と死に別れるもの、家屋や財産を失い嘆くもの、戸惑うもの、成り行きに呆然とするもの、円船への避難という思わぬ幸運を手にして、命拾いをし、感謝するもの――。


 かつて“超越者”或いは“能力者”と呼ばれ、いまは二十一公主とひきたてられたるものたちは、それぞれに力を尽くしていた。

 

 自然の猛威の前にはかなわぬ身であることを承知しながらも、懸命に抗っていた。

 瓦礫を排除し下敷きとなったものを救助するもの、山火事を抑えつつ逃げ道を指示するもの、海岸に待機し高津波を押し返すもの、断崖絶壁の崩落を防ぎひとびとを逃がすもの、親からはぐれた子供たちばかりを集めるもの、円船へ導くもの、海上に漂う船にひとを運ぶもの、石竜(ゼ・フロー)を操り民の助けとするもの。

 そして”方舟”では――。


 ペトゥラは混沌の極みにあった。

 砂のベールを脱いだ方舟は陽の光を浴びて燦然と輝き、その威容を誇っていた。

 巨大な三角錐の建造物はひとびとに驚きをもたらした。

 表面がきらきらと鏡のように反射し、透き通っているのに内部は見えないという、まるで見たこともない建材でできている上、とてつもない大きさだったからだ。

 そこへ追い立てられるように中へ入ると、更に驚嘆した。

 消える扉、動く道、手を翳せば水が出てくる仕組み、床に腰をおろせばふかふかの長椅子が出現する。 火もないのに明るく、風もないのに空気がすがすがしい。

 天井は高くひらけていて、閉ざされた空間にもかかわらず閉塞感がない。

 明らかに技術の格が違う。

 すべてにおいて現生人類の技を凌駕した高度な技術がそこかしこに見受けられた。

 素晴らしい設備。

 夢のような居住空間。

 だが、見慣れぬそれらになじめるものはほとんど皆無で、ひとびとはこの異質さに畏怖をおぼえた。

 恐慌に陥りそうになった皆の心を宥めたのは、王家の面々だった。


「案ずるな。皆、共にいればなにも恐れるものはない」

 

 王印を嵌めた王子ディックランゲアがゆったりと深い声で出迎えたので、ひとびとの不安はいくぶん和らいだ。

 よくよく見渡せば、リウォード王、ダァナ王妃、王家の近親者が人波をくぐるように声をかけてまわっている。


「嘆くでない。たとえこの地を離れようとも我らは共に生きるのだ」

 

 王家の名を称える囁きがこだまする。

 そしてそれは次第に膨れ上がり、跪き、祈りの姿勢を取った涙の詠唱となった。

 国ごとに避難した層は異なるものの、どの階層でもほぼ同じことが起きていた。

 方舟への避難民を一手に引き受けてその指示に当たっていたオルディハは心の裡で仲間たちに呼びかけた。


 ――カッシュバウアー、どう?

 ――第二十層が埋まった。

 ――わかったわ。エドゥアルド、スレイノーン、サテュロス、あとどのくらい運べそう?

 ――まだ何往復かできます。

 ――僕もそのくらいはいけるヨ。

 ――俺もだ。

 ――じゃ、急いで。もうあまり時間の余裕が


 そこまで告げて、オルディハは戦慄した。

 うなじから背筋まで氷で撫でられたような冷たい気配に身を強張らせた。

 オルディハだけではなかった。

 方舟へひとびとを転移で連れてきてはミュルスリッテの采配のもと、ライラとマジュヌーンが避難誘導し、また、コントロール・ルームではゼレバーニスを筆頭に発進に備えて最後の調整が忙しく進められていた。誰もが極限の緊張にあった。さきほど“道”の封印が破られた。それはオランジェの死を意味していたが、嘆く暇もなかった。

 星力の解放を肌に感じたからだ。

 星脈が一気に活性化したいま、ほんの僅かな判断の遅れで、取り返しのつかないことになる。

 時間との戦い、真の意味で、まさにその実戦の最中、誰もが同時に閃きを感じた。全員の眼が、空の一点をみつめた。


 ――来る


 オルディハの決断は素早かった。


 ――“方舟”の門を閉じて! 皆、乗って! 発進するわ!


 だがオルディハをはじめとして、半数以上が乗船を拒否した。

 それどころか、ライラとマジュヌーンは勢いよく飛び出してくるし、中で作業や監視にあたっていたエイドゥ・エドゥーとジルフェイも飄々とした顔で現れた。


「全システムを自動操縦に切り替えてきた。あとは残った奴らで十分さ」

 

 エイドゥー・エドゥは窮屈そうに締めていた襟元を緩めた。


「僕はカイザを迎えに行かなきゃいけないんだ」

 

 シュラーギンスワントはある方角をとらえて言った。


「俺はラザ様とリアリ様のもとへ」

 

 追従するようにライラとマジュヌーンが吠えたてる。

 ローダルソンがぼそりと告げる。


「“盾”との結合がうまくいくかみたい」

 

 マジュリットが気合のこもった手つきで髪を結いなおす。


「”方舟”を守るわ。“盾”に包まれて、ちゃんとチーテス海底谷に沈むまで、見送りたいの」

 

 オルディハは肩をすくめて他の仲間たちを見た。


「すてき。目的は異なろうとも、心のままに生きようとしているなんて。ジリエスター博士がいまの私たちの姿をみたら喜んでくださるわね、きっと」

 

 オルディハはふっと浮上した。

 微笑みがあざやかに浮かぶ。


「私はしぶとく生きて、この地上に残る最後の人間になるつもり。この目でこれから起きること、すべてをつぶさに見届けるわ。早くに逝った、オランジェの分までね。さあ、さよならは済んでいるのだもの、いって!」


 あともう何歩でクライマックスなんだろう。

 書いても書いても、終わらない……わけがない。

 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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