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千夜千夜叙事  作者: 安芸
最終話 滅びなき光
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この恋の終わり

 ラザとリアリです。

 ようやくの再会は空の上――続きます。

 リアリがラザの気配を手繰って転移したとき、真上から逆さまにラザが落下してきた。


「ラザ!」


 純白のサーキュラーコートが風を孕み、膨らみ、はためく。

 しなやかな翼の如く。

 胸に留まった金証が陽光に反射してきらめき、眩く眼を刺した。

 リアリは瞬時に力をきって、ラザを宙で受け止めた。衝撃を抑え、身体の向きを難なく変える。


「大丈夫?」

「……僕はなんともありませんが、リアリ、あなた」


 はっとする。


 見られた。

 知られた。

 ――ラザに!


 自然の摂理に抗い、重力に抗い、人間の枠からも外れている、この姿を。

 リアリはすぐにでも逃げだしたい衝動に駆られた。


 見られたくなかった。

 知られたくなかったのに。

 ラザにだけは――!


 だが遅かった。

 リアリはぐっと奥歯を噛みしめた。

 泣きだしたい弱さを押し込めた。

 挫けそうな心を必死に叱咤した。

 エルジュや仲間たち、ジリエスター博士、二人の両親、家族を想った。

 かろうじて、その場にとどまる。

 しかし距離をとり、無駄な抵抗とわかりつつも両腕を顔の前で交差した。


「見ないで」

 

 震えが止まらない。


「見ないで、お願い……」


 どのくらい時が経ったのだろう。

 おそらく、ほんのわずかだったに違いない。

 だが永遠とも思えるほど長い間があって、ラザの声を聞いた。


「いいですよ」

「……なにが」

「別にいいです。あなたが何者でどんな特殊技をもっていようと。秘密を暴こうとも思いませんし、説明もしなくていいです。僕はなにも訊きません」

 

 リアリはゆっくりと腕を下ろした。

 自分でも難解な顔つきをしているだろうな、と思う。


「……本当?」

「ええ」

「き、気味悪くない? 気持ち悪くないの?」

 

 ラザがくだらない、と吐き捨てて邪悪な微笑を浮かべる。


「あなた、僕が今までどれだけの人間を屠ってきたと思うんですか。ちょっとやそっとの数じゃないですけど。大量殺戮者の代名詞である僕が、世界的暗殺集団の巣窟である聖徒殿の長のこの僕こそが、この世で一番悪い存在です。世俗的にどう見ても、僕こそ気持ち悪いでしょう」

「ラザは気持ち悪くなんてない!」

 

 リアリはむきになって否定した。


「あなただって気持ち悪くなんてないです」

 

 ラザの眼は微塵も揺らがない。

 相変わらず、端然と構えている。

 だが以前にまして、近寄りがたい風格が備わっていた。

 鎮魂祭の夜以来の再会だ。

 あれはついこの間のことなのに、なんて多くのことが変わってしまったのだろう。

 リアリは駆け寄って、ラザの胸に抱きつきたかった。

 だが、ディックランゲアから嵌められた指輪の重みがそれを阻んだ。


 愛しているのに。

 愛しているって言えない。

 もう、二度と。


 リアリは絶叫した。

 生まれてはじめてのことだった。

 感情がふりきれて、なにも考えられなかった。 

 ただ、苦しかった。

 哀しかった。

 切なかった。

 もどかしかった。

 いやになった。

 なにもかもが。

 すべてが。

 自分自身が。


 ラザを

 裏切った


 その現実がどうしようもなく、重くのしかかった。

 ディックランゲアを死の淵から引き上げたかった。

 その思いに嘘はなく、あのときはああ言うしかなかったのだけれど。

 それは。

 自分の心を滅茶苦茶にしてまで引き換えるほどの、願いだったのだろうか。

 たったひとりの、本当に大切なひとをないがしろにしてまでも、選ぶべきだったのだろうか。


 恐ろしいのは、本当の愛を見失うこと

 自分の心を偽ったり、ごまかしたりしてはならないと

 後悔のないよう、生きなさい――そう教えられたばかりだと言うのに。


 リアリは指輪の嵌められた指に歯をたてた。

 肉が裂け、血が滴り、白い骨が見えた。


「なにをしているんです」

 

 ラザが飛びついてきたが、リアリは空いている腕で伸ばされたその手を振り払った。

 しかし逆にその腕を掴まれ、やすやすと抑え込まれてしまう。


「やめなさい、指が千切れます」


 無理矢理、顎をしゃくられる。

 リアリは暴れながらわめいた。


「私、ラザの奥さんになれない」

 

 この恋に終わりが来るなんて、思いもしなかった。


「なれないの」


 泣くのは卑怯だ。

 わかってはいる。わかっているのに。

 

 ラザの腕の中、涙腺が決壊したそのとき、リアリは力の行使を放棄した。

 途端、重力にひかれるがまま、二人は墜落した。


 エピソード断腸の思いで分割です。

 好きなのに、好きなだけでは、ハッピーエンドを迎えられない。

 なぜなのでしょう。この疑問に答えられるひとが世界のどこかにはいるのでしょうか。

 

 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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