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千夜千夜叙事  作者: 安芸
第二話 君の名は
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千の名を持つ男

 少し時間が空いてしまいました。

 ラザVSディックランゲア、続きをどうぞ。

「君が……」

 

 ディックランゲアはしばし言葉を失った。なんて鮮烈な耀きを放つのだろう。

 細面で、眼鼻立ちは秀麗なつくり、明灰色の細い髪が額にこぼれるさまが艶っぽい。

 否応なく、衆目を奪う華がある。

 それでいて潔癖、冷厳、殺伐、酷薄な雰囲気は、他者を寄せ付けない。

 聖徒(ビリーヴァ)ならではの威圧も加わり、男は一瞬にしてこの場の主権を牛耳った。


「リアリは僕の恋人です」

「おかえりなさい、ラザ。早かったのね。カイザは一緒じゃなかったの?」

  

 リアリが強引に割っていって、ラザと呼んだ男の首に腕を投げかけ、両頬にキスをする。

 男はそのままリアリをひょいと無造作に腕に乗せて、膝を抱え込んでしまう。


「ちょっと、ラザ」

「エイドゥを連れてくると言っていたので、少し遅れるそうです」

「ああそう、ちゃんと引っ張ってこられるといいけど」

「あんなのはどうでもいいです。それで? いまそのひとと見つめあっていましたよね? なぜです。まさか、口説かれていたわけではないですよね……?」

 

 男の眼が苛烈に光り、ディックランゲアはぞくっとした。悪寒がこみ上げる。


「ちがうわよ。具合が悪そうだったから、私が顔を覗き込んだだけ」

「近づきすぎです」

「そんなことないわよ」

「そんなことあります。僕は傷つきました。もしもう一度同じような場面を目撃したら、ひどい目に遭わせます。僕にそんな残忍な真似させないでくださいね」

 

 脅迫とも言える警告をした直後、男が不意にリアリの頭部を抱き寄せた。

 そのまま斜めに覆いかぶさって、執拗過剰なキスを繰り返す。

 二人の唇が触れ、離れ、触れて、離れて、絡み合うさまを目の当たりにしてしまい、ディックランゲアは呆けた。

 思考回路が停止した。

 淡い欲求が、打ち砕かれた思いだった。


「で? そちらの方が、僕を、この僕を呼びつけたひとですか」

「喧嘩しちゃだめよ」

「一瞬で勝てる相手とつまらない喧嘩などしません。ただ、あなたにお茶を淹れてもらえるなんて果報者だな、と……他の男に優しいなんて、おもしろくないんですよね、僕」

「お茶くらい、いつでも淹れてあげるわよ。だから誰かれかまわず威嚇しないの。あ、すみませんディーク様――ディーク様?」

 

 ディックランゲアは我に返ったものの、リアリから眼を逸らした。

 頭に血が昇るのが感じられる。

 こみ上げる激情を必死にこらえる。


「紹介します、ラザ・ダーチェスターです。その後ろに隠れているのがレニアス・ギュラスです。あの、本当にお加減が悪そうですよ。大丈夫ですか」


 ディックランゲアは浅い呼吸を繰り返し、気を落ち着かせた。

 しかし、それでもまだリアリの顔がまともに見られない。

 一度眼を閉じてから、男へと視線を転じる。


「ダーチェスター……では、君がキースルイ殿のご子息か。聖徒殿での位は?」

「上一位です」

「上一位は十六名いる」

「僕が最上位です」

「すると、君が”千の名を持つ男”か」

 

 では真実、ただものではない。

 聖徒の中の聖徒――暗殺者の中の暗殺者に秘密裏に贈られる闇の称号。

 びりびりと、指先から痺れるような威圧感に冷たい熱気。

 生死の境を生き抜いてきたもの独特の濃密な気配が漂っている。

 政府の影にて命を受け、暗躍する暗殺者部隊――聖徒殿の聖徒の真の姿。

 この男は、そのなかでも最たる者だ。


「どうしました? 僕に用があるのでしょう? なんでもいいですから、はやくしてくれません? 僕、今日は料理当番で忙しいんです。リアリにごはんを作ってあげる約束をしているので――聞いてます?」


 そこで、リアリがぱちん、と手を打った。


「そうだ。もしよろしければ、ディーク様もご一緒に夕食をいかがです? ラザのつくるごはん、ものすごくおいしいですよ。夕食までには父も帰ってきますし、カイザもエイドゥを連れてくるでしょうし、ね、ナーシルもみんなもいいでしょう?」

「は? なにを言っているんです。僕はあなた以外のためになど――」

「ええええっ。ラザ様の手料理を頂けるんですかっ」

「食う食う! なにがなんでも食うったら食う!」

「ではちゃっちゃと仕事を片づけましょう」

「わたくし頑張ります!」

「……それ、俺も参加していいのか? いいんだよな。じゃあ講習は終わりだな」


 王子が展開の騒々しさについていけずにいる前で、リアリがラザの頭を撫でた。


「ね、お願い」

「……仕方ありませんね。このお願いは、高くつきますよ?」

「恋人のお願いくらいタダでききなさいよ」

「タダ働きは嫌いです。労働にはそれに見合った報酬があるべきです。でも、相手があなたなのでおまけしますよ。僕は優しい恋人でしょう? 今夜が愉しみですね」

 

 そして、ラザがリアリの手を持ち上げて、指にちゅっと口づけする。

 王子は瞠目した。

 気障なしぐさがまるで嫌味じゃない。

 負けた、と思った。

 ろくに女性とつきあったことのない自分には真似できないことだ。

 悲鳴をあげる心を押し隠して、ディックランゲアは遮二無二笑みをつくって訊ねた。


「私がお邪魔しても迷惑ではないのか?」

「もちろんです。それに食事のあとでしたらみんな揃いますし、別室を用意しますので、そこでいっぺんに身元改めが済むじゃないですか。王城にもきちんと使いを出せば大丈夫でしょう。“陽炎(カゲロウ)”もたくさんいることですし、警備の面ではご心配なく。帰りも父がお送りしますよ」

 

 一生懸命で熱のいった誘いを、王子は断れなかった。


「……わかった。では、ご招待にあずかろう」


 ラザはとにかく手がはやいです。そしてリアリもあまり慎み深いほうではない。笑。

 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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