決別の時
ジリエスター博士、仲間たち――前世からの因縁が、終わります。
「はじめる前に、まずは博士ね。ええと、核施設に籠っているんだったわね? 一刻も早く連れ戻すわよ」
「その必要はない」
いつからこの場にいたのか、ロキス・ローヴェルがひっそりと姿を現した。
「父からの伝言だ」
掌サイズの音声再生付き映写機を作動させると、博士の立体記録映像が展開された。
「『私の子供たち。“超越者”と呼ばれし君たちよ。
私が君たちに対して犯した罪はもはやどんなことをしても贖い切れん。君たちが命を賭けて人類を救済した日からずいぶん長い年月が過ぎたが、相も変わらず人類は自らを救う術を持たぬ愚かな種のままだ。 だがこのことは、予想されたことだ。
次に大いなる災厄に見舞われたときこそ、ひとが滅ぶときだろうと、私はそう覚悟していた。
だが、君たちは違う。もし本当にずっとあとの未来で、君たちが甦るならば、君たちだけは生き延びられるかもしれない。いや、生き延びてほしい。私はそう願った。
そしてできるならば、そのときの君たちには幸せであってほしいと。笑顔で逞しく、つつがなく暮らしてほしいと、それだけが望みだった』」
ここで博士は激しく咳込んだ。
仲間の何名かは、思わず腰を浮かせて駆け寄りかけた。
「『ああ、すまない。年だな、私も。うむ……そう、年をとった。実際、私は長く生き過ぎた。ここいらで、もうひと働きしてから休もうかと思う。
ゲイアノーンの遺産はすべて私が始末する。今度こそ完全に都市機能のすべてを停止させる。だがそれも君たちが脱出してからだ。まもなく災厄の時が訪れる。逃げなさい。君たちの納得のいく形で人々も逃がすといい。君たちも逃げるのだ。逃げてくれ。ああ――これもまた私の独りよがりな要望だ。わかっている。わかっているのだ。
しかし私は不憫でならん。痛々しくてならんのだ。何度も止めようと思った。人類などさっさと見捨てて逃げたまえと説得したかった。なのに、どうだろう。君たちはひととして生まれ、その“力”をひとのために尽くさんとしている。その姿勢は眩しく、尊い。
なにが、誰が、正しくて、間違っているのか。もう、私にはわからなくなった。だから、子供たちよ。心のままに進むといい。私もそうしよう。私は君たちの意志を尊重する。さらば、子供たちよ。君たちの幸福を祈る』」
ロキス・ローヴェルは映写機を閉じた。
「俺は父のもとに行く。俺は能力者だから核施設の中には入れないが、傍についていてやりたいんだ。おまえたちも、好きにしたらいい」
オルディハが濡れた目頭を押さえて囁いた。
「博士をお願いね?」
「ああ。これでも一人息子だからな、死に水くらいはとってやらないと」
そしてゆっくりと片腕を上げて、そのまま姿を消した。
嗚咽や啜り泣きがあちこちで聞こえる。
抱き合うものも、壁に蹲るものも。
博士の死を覚悟した伝言はそれぞれの胸を抉った。
ややあって、オルディハがすっくと姿勢を正して言った。
漂う気配が威勢よく強まる。
そして、喝のこもった声で全員を叱咤した。
「さあ、私たちも行きましょう。心のままに、生きて、皆!」
かわるがわる、抱き合った。九千年前と同じく。
声をかけあい、まなざしを通わせ、心をこめて決別した。
次の約束はなかった。
これは永遠の別れではない、生きるための別れなのだ。
だが暗黙の了解のもとに、今生の別れを声にならぬ声で告げたものもいた。
カイザとリアリは最後に残った。
しめやかに、潔く、簡潔に括りました。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。