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千夜千夜叙事  作者: 安芸
最終話 滅びなき光
107/130

死が二人を別つとも

 エルジュ=オランジェ、去る。

 

 

 一斉に口火を切った。

 “方舟”を内と外から守るもの、避難民を守るもの、破裂した“道”の予測をたてるもの、星力を可能な限り操作するもの、その他、懸案事項をぶつけあった。

 騒然と主張が飛び交う中で、エルジュはリアリの横顔をしばらく眺め、区切りをつけた。

 気配を殺して操縦室外へ転移する。

 そこには膝を抱えた姿勢で、ぐーっと寝るヒューライアーがいて、エルジュは爪先で蹴り起こした。


「行くぞ」

「もういいの?」

「ああ」

「――行くの?」

 

 肩越しに振り返ると、オルディハが立っていた。

 まったく目敏い女だ、と胸の内で苦笑する。


「ああ」

「リュカオーンに伝言は?」

「ない」

「ひとことも?」

「言葉では意味がない」

 

 エルジュはヒューライアーを従えて踵を返した。

 黒いマントが翻る。


「私の死をもって我が愛は不滅だと知るがいい」

 

 行きかけて、エルジュは足を止めた。

 オルディハに背を向けたまま、許せ、と呟く。

 これがエルジュの最後の言葉となった。

 オルディハは泣かなかった。

 悲嘆は胸を深く焦がしていたが、あまりに辛くて涙はでなかった。

 結局のところ、オランジェの心はリュカオーンのもので、自分では手が届かなかったのだ。

 皆のところへ戻ると、誰が起点の“道”に潜るかで紛糾していた。

 それは、小惑星落下の前に“道”を破壊し、破局を手ずからはじめてしまうことに全員の意見が一致したことによるもので、そうすることで、少なくとも“道”の破裂する経路だけは制御できると考えた。

 少しでも有利にひとびとを逃がしたい。

 少しでも安全に“方舟”を導きたい。

 かなうならば、未来へ希望を残したい――。


「起点へは、オランジェがいったわ」

 

 リアリの表情が見る見ると曇り、歪み、色を失って、突然がくっと膝が折れた。

 すかさずカイザが支える。

 リアリはその腕に縋るようにしがみつく。

 眼の中を恐慌が荒れ狂い、いまにもぶつっと切れて正気を失いそうだ。

 オルディハはリアリに近づいて、衝撃の度合いそのままに白く透けた頬にキスした。


「……オランジェはうまくやるわよ。ぎりぎりまで“道”を保って、はじまりの一撃を放つわ。死を恐れてはいないようだった。恐れる必要がなかったのよ。あなたを愛しているから」

 

 リアリは唇をなぞった。

 あれは、最期のキスだったのだ。

 オランジェ――。

 リアリはぐっと嗚咽をこらえた。

 オランジェが冷然と去ったのに、ここで自分が取り乱しては、なにか彼の決意に背くような気がした。


「……私、オランジェにちっとも優しくなかったわ。なのに」

「落ち着いて。なにも深刻になることはないのよ。だって私たち、遅かれ早かれ死ぬわ。生まれてきた以上、必ずね。それは避けられない宿命、そうでしょう? だったら、自分の心のままに行動して納得した死に様が一番正しいわ。いいえ、生死に正しいも正しくないもないかもしれない。でも、少なくとも、後悔はしない。さいわい、私たちは後悔しない生き方を選択できる。そうすべきなのよ」

 

 リアリの眼の焦点が急速に定まる。

 意志の光が強く輝き、苛烈な炎となって燃え上がる。


「大丈夫ね?」

「……お嬢?」

 

 オルディハとカイザが代わる代わる顔を覗きこんでくる。

 リアリは間をおいて、大丈夫、と告げた。

 脳裏には再会してからこちらのエルジュの一挙一動が駆け巡り、意外にも心は素直に昔の恋人を追っていたのだと知った。

 かつて――エンデュミニオンに置き去りにされたとき、最期まで傍にいてくれたひと。

 どんなに救われたか知れやしない。

 たとえすぐあと、決別のときを迎えても。


「オランジェは私を愛してくれた。リュカオーンではなく、この私を。リュカオーンのためなら、決して私の傍を離れなかったでしょうに。だけど私のために、私の望みをかなえるために、行った。そうなのね?」

 

 オルディハは少し悲しげに微笑んで肯定した。


「『私の死をもって我が愛は不滅だと知るがいい』――それが、オランジェのあなたに残した言葉よ」

「受け取るわ」

 

 リアリはカイザの腕から離れた。

 カイザの指が愛おしげに折れたまましばし静止していたが、その動作には気がつかなかった。


「私も行く。やらなければいけないことがあるの」

 

 力が漲っていた。

 血のめぐりが活性化され、感情が昂っていた。

リアリは後ろを振り返った。

 仲間たちが揃っていた。


 不滅の愛。そんなものがあるのだろうか。

 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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