表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
千夜千夜叙事  作者: 安芸
最終話 滅びなき光
106/130

予知見

 エルジュ=オランジェは、ひっそりとしているけれど、時折激情的になる。そこが好きです。

 

  “超越者”二十一名は、“方舟”操縦室の全方位スクリーン前にそれぞれ陣取り、衛星から届く中継を注視していた。


「平穏だヨ」

「いまはまだ、ね」

「だが噴煙は昇り、微震が続いている。紛れもない噴火の兆候だ。もって十日、場合によってはここニ、三日が山場になる」

 

 険しい沈黙が落ちる中、ひとり交感室に籠っていたエイドゥ・エドゥーがようやく現れた。

 茶髪茶瞳の長身痩躯、眼をくぼませ、やつれた面持ちで中央までやってくると、はじめにカイザを、次にオルディハに視線をやって告げた。


「明日の正午、小惑星が地表に衝突する」

「規模は」

「前回を軽く上回るね」

 

 その場にいた全員が息を呑み、凍りついた。

 砂漠虎ライラだけがリアリの傍をつっと離れ、エイドゥへ頭を擦りよせ、続きを促した。


「僕の予知見(みたて)では、落下地点はルクトール」

 

 “道”の起点が決壊する――。

 そうなればあとの事態は火を見るよりも明らかだ。

 膨れ上がった星脈は激流の如く有様で“道”を食い破り、大地はひび割れ、河川は氾濫、海にも影響を及ぼすだろう。

 それに加えてエコーレ山の大噴火となれば、環境の大変化は免れない。

 もはや人間はおろか、すべての生命が危機に瀕する。

 九千年前と同じく。

 前世、一度目の当たりにしたこの世の地獄を想起して、肌が粟立つ。

 黒い空、生ぬるい風、一条の閃光、屍の山、悲鳴と絶望の呻きの渦……。

 エイドゥは屈みこみ、ライラを撫でた。

 かつてはひとであり、いまは獣である仲間の智に満ちた眼に慰められる。


「……あのとき、巨大隕石が落ちるってわかっていても、ゾルベット・ローはなにもできなかったし、落ちたあともたいしたことはできなかった。でも、この僕は違う。石彫を生業にしているんだ、小惑星恐れるに足らず、だよ。さあカイザ、言いなよ。僕にできることならなんでもやるさ。なにをしてほしい?」

「生かしてほしい」

 

 ぽつりとカイザは呟いた。自嘲気味に笑う。


「散々、てめぇの好き勝手やってきた俺が言うのもなんだけどな。助けたいな――カスバの連中とか、商売仲間とか。皆、無駄死にさせたくねぇ。命がもったいねぇよ」

 

 リアリがカイザの腕にわっと抱きつく。泣き笑いの表情を浮かべていて、嬉しげだ。


「大好き」

「よせ」

 

 エルジュの腕が伸びてリアリの腰を掻き抱き、横からかっさらう。

 あまりに素早い動きにリアリも抵抗する間もなく、すっぽりとエルジュの胸の中におさまっていた。


「ちょっと」

「私の眼の前でエンデュミニオンとべたつくな。胸糞悪い」

「あんたにそんなこと言われる筋合いは――」


 むっとして反論しかけたリアリの口を、エルジュが塞いだ。

 薄く冷たい唇。

 甘い吐息がじわりと口腔にひろがり、ぞくっとした。

 やわらかな感触に不本意ながらも、くらっとする。

 強引な一瞬のキスは、だが、思いのほか繊細だ。


「……てめぇ」

 

 カイザが吠えた。

 激情にゆらりと瞳を滾らせ、両袖から滑るような動きで細身のナイフを取り出し、重心を下に身構える。

 修羅場と化すかと思いきや、エルジュはリアリを強く抱擁し、唐突に解放した。

 黒いまなざしは思惑を秘めたまま、冷たく静かに澄んでいる。


「私も協力しよう」

「……力を貸してくれるの?」

「ああ。おまえがそれを望むならば」

 

 リアリはカイザを押さえるしぐさをして、頷いた。

 エルジュの口角が持ち上がる。


「言え。なにをしてほしい?」

 

 リアリはゆっくりと面を巡らせた。

 あれから長いときが経ち、転生して姿形は変わっても、失っていないものがある。

 リュカオーン。

 あなたは私。私はあなた。

 いまこそ、約束を果たすのよ。


「……私たち、皆で約束したわよね。惑星の気脈に呑まれても、明日この身が力尽きようとも、命が循環する以上、甦ると。何千年か先の未来――私たちのつくる“道”が壊れてしまったとき、ここで、この“方舟”で、もう一度逢おうって……いまがそのときよ」

 

 なにゆえの涙なのか、リアリの眦から透明な雫がこぼれおちた。

 淡い微笑を浮かべて鳥が翼をひろげるように、両腕をふわりとひらく。


「私は行くわ。できるだけ大勢を助けたいの」

「お待ちなさい。そのひとりで先走る癖、どうにかならないのですか。まったく、少しは短気で向う見ずな性格もましになったかと思ったのに、全然治ってないじゃないですか。君だけを行かせるわけないでしょう。無論、僕も行きますとも」と、サテュロス。

 

 今生でも、ローダルソンはぶつくさ文句を言った。


「待て待て待て。そこ二人、勝手に決めるなよ。くそ、なんだってまた本当に人類存亡の危機に居合わせにゃならねぇんだ」

「そりゃ、悔しいからだろう? せっかく守った生命の芽を絶やしてしまうのが惜しいのさ」と、レベッカ。

「俺は違うね。仲間にもう一度再会して、幸せ自慢をしたいがためさ。俺はこんなに幸せになったぞー、ってな」と、クァドラーン。

「そんなのあなただけじゃないでしょ。皆それなりに幸せだったはずよ。そうでなければいまここにはいないわ」とミュルスリッテ。

「そうよねぇ。結局のところ、守りたいひとがいるからここにいるのだもの。大切なものがあるのは、幸せの証拠よねぇ」と、マジュリット。

「で、どうする?」と、ライズジェガール。

「助けたいけど、助かりたい。わ、我が儘ですまんが、お、俺は家族がいるんだ。妻と子供が。犬も。大事なんだ。守りたいんだ。離れたくない。は、“方舟”で生き延びたいんだ。なんとしてでも」と、カッシュバウアー。

「同じく」と、ゼレバーニス。

「それでいいのよ」

 

 オルディハが歯を見せて快活に笑う。

 

「皆、自分の思うように生きればいいわ。どんな選択をしてもいいの。だって私たち、前世に囚われて甦ったわけじゃないんだもの。もっと幸せになりたかっただけよ。私は久しぶりに再会して、皆が元気そうで嬉しかった。それに実際問題、“方舟”の守り手も必要だわ。誰かが残らないといけない。カッシュバウアーとゼレバーニスと、あとは?」


 この場面、長かったので、とりあえず半分。甘さが足りない。激甘が書きたい。なのにシリアス微甘ですみません。

 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ