大号令
ラザ、独壇場です。
聖徒殿屋外広場。
篝火が焚かれ、闇の中に白亜の本神殿がぼうっと幻想的に浮かび上がる。
普段は人気のないそこに、聖服聖帽を着用し、眼帯を外した、全聖徒及び全陽炎が集結した。
口を閉ざし、びりっと緊張したまま直立不動しながらも、瞳は興奮冷めやらず、じりじりとした面持ちで待っていた。
黒い口を開けた本神殿から、聖徒の正装に身を包んだ聖徒殿主長が現れた。
長い影を引き、無音の優美な歩みで皆の正面に進む。
頭上には煌々と輝く黄色い月、青白い星海。
風を受け、たなびく明灰色の髪。
玲瓏と佇む姿は美しく、闇を斬るような凄絶な気配が、これから下されるであろう命令の重大さを物語っていた。
「聖徒殿主長ラザ・ダーチェスターの名において、最終号令を発します。いまこのときをもって、原初の大義の第一目的――即ち、ローテ・ゲーテ王家並びにその民の守護につくこと、そのために骨身を惜しまぬこと、全員が徹底して任務を遂行しなさい」
ラザは一旦言葉を切って、王城の方角、その闇の向こうをみつめた。
「まもなく、この地は災厄に見舞われます。このままでは、多くの命が失われることでしょう。僕たちの使命は、ひとりでも多くの民を逃がすことです。
いままで――国益の名の下に国内外問わず幾万の人命を奪ってきましたが、その贖いです。心置きなく励んでください。
聖徒の名を翳して導くもよし、陽炎の恐怖で従えるもよし、手段は問いません。
そして破局がはじまったら、君たちも逃げるんです。生き延びなさい。無駄死には許しません」
空恐ろしいほどの気迫のこもった静寂が返答となって、一陣の風を起こした。
びゅおうっ、と螺旋を描いて渦巻き、宙の彼方へと吸い込まれていく。
「明日の夜明けと共に行動を開始します。各自、鎮魂祭にて下見した場へ赴き、申し合わせ通り、各々個別宅を手分けして誘導してください。海岸線側は海へ、砂漠側は陸路へ。怪我人・病人、赤ん坊や妊婦、幼児のいる家庭は王城へ。そこで王の指示があるはずです」
ラザは黒指輪を掲げ、鋭く一瞥を巡らせた。
「ナーランダーの加護は我らにあり! 聖徒の威信にかけて最終使命を全うすることをここに誓い、解散!」
決別の一礼を奉じて聖徒の群衆が闇夜に散ってゆく。
あとに残ったのは上一位のみ。
どの顔ぶれも一騎当千の兵である。
「君たちは王城へ。王家の方々を守りなさい。おそらくは民を残して城を離れたがらないでしょうから、時間を見計らって強制退去させてください。制限時間は、明日の正午。力づくでかまいません。どんなことをしても守るんです。それが歴代主長の願い、本当の僕たち聖徒の存在意義です。全員、今日までよく務めました。あとひと働きです――頼みましたよ」
冷酷冷徹、傍若無人を貫いてきたラザ・ダーチェスターの言葉とは思えないひとことだった。
居合わせた者は狼狽し、ついで発奮し、自然と膝を折り、恭順の姿勢を示す。
クナウド、ハートレー、ミザイアの三名が「お守りいたします」とラザの傍を離れたがらなかったが、敢え無く却下された。
口惜しげに、ハートレーが俯く。
「では――なにぶん、お気をつけて。主長、我ら永劫あなたさまに忠誠を誓います」
ラザは解散を命じ、身振りでレニアスのみ招き、踵を返した。
次々に、場面展開します。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。