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千夜千夜叙事  作者: 安芸
最終話 滅びなき光
103/130

王族

いったいこの物語には何人が登場しているのでしょう。

 世界会議終了後、王弟リーハルトは王の間にいった。

 兄であり、ローテ・ゲーテ現国王であるリウォード王とその妻ダァナ妃が、玉座の下で固く抱き合った恰好で待っていた。

 入口には聖徒殿陽炎総帥キースルイが畏まって控え、ディックランゲア王子が右奥の壁に腕を組み、眼を瞑って凭れかかっている。

 少し離れて立つのは側近アレクセイと千里眼ロキス・ローヴェルで、どちらも剣呑な顔で口論している。


「お待たせしました」

 

 妻の様子をうかがったあと、リーハルトは謁見の間に向かった。

 到着を告げると、皆一斉にこちらを見た。

 リウォードがダァナを離す。

 リーハルトは政務宮の藍色のマントを背へ払って、兄王の足元へ跪いた。


「報告します。聖徒殿主長ラザ・ダーチェスターへ、無事、聖徒殿主長の間の鍵を届けました」

「ご苦労だった。なにか問題は?」

「特になにも」

 

 立つように促されてリーハルトは起立した。

 そのまわりへ全員が集まってくる。

 王と王妃は晴れやかながらも緊張し、キースルイは苦悩に沈み、アレクセイとロキス・ローヴェルは満足げで、王子は奇妙に寡黙だった。


「これで、王家の義務の二つが果たされた。秘密の間が開き、主長の間の封印も遠からず解けよう。見届け役は、どちらが務めるのだね?」

 

 王がアレクセイとロキス・ローヴェルに訊ねると、アレクセイが挙手した。


「番人たる私が最後までみます」

「頼むぞ」

「では、残る義務は“盾”の排出時に伴う王城爆破プログラムの稼働ひとつだな。誰が残るんだ?」

 

 ロキスが王家の面々へ視線を流す。

 リウォードが妃の肩を抱きよせながら、静かに答えた。


「全員が」

「全員?」

「我らの血は古く、濃くなりすぎた。古き血は禍を招く。ここで終焉を迎えるのがよかろう。ローテ・ゲーテにおける秘密一切と共に滅び、最期を見届けようかと思う。我が国の民は強い――逃げのびて、生き延びて、若い力で一から新たな社会を築くだろう。我ら王家の者は害にしかならぬ」

「それでいいのか。“方舟”にはおまえたちのための席が用意されているぞ」

 

 そっけなくディックランゲアが口を挟む。


「民に譲る」


 ロキスはアレクセイを一瞥して、


「おまえの王子は死ぬ気だぞ。止めないのか」

「止めません。私もお供するだけです」

「別におまえがそこまで私に付き合わなくてもいい。私は王位継承権第一位の者として、すべてを見届ける義務があるのだ。だがおまえは、他にやるべきことがあるだろう」

「いいえ。番人として主長の間が開き、“盾”が始動しさえすれば、私は自由です。王子の傍におりますよ。たとえ火の雨が降ろうが星が降ろうが、絶対に離れませんから!」

 

 リーハルトがくるりと後ろを向く。

 ひとりだけやや下がって待機しているキースルイへひと声かける。


「聞いたな? そなたの任務は終わりだ。長い間、ご苦労だった。そなたの守りがあってこそ、私は無事王位継承権第二位の者として、義務を果たせた。礼を言う。そなたの息子には過酷な使命を背負わせることになってしまったが……」

 

 キースルイは諦観した口調で、だが毅然と胸を張ったまま応じた。


「それもまた、息子の宿命でしょう。聖徒殿主長の座には就くべくして就いた――あれ以上に相応しいものもまたおりますまい。それに、姫君を乗せる“方舟”とやらを守るためならば、本望でしょう」

「姫君などと、堅苦しいことを申すな。そなたと私の娘だろう」

「御配慮に感謝いたします。ともあれ、まだ私をお役御免になさいますな。私も妻も、聖徒殿陽炎総帥としての任務を未だ果たしてはおりません」

 

 物言いをつけようとしたリーハルトをキースルイが強引に遮った。


「聖徒は王家を守護する者――最後の最期までお守りいたします。まもなく、息子――ラザの全聖徒への最終号令が下りるでしょう。王家の方々、ひいては、ローテ・ゲーテの民を守るために。また、城下町(カスバ)の者もお忘れなく。ご命令ひとつで動きます。最長老マルス・フォーオーンは既に万全の態勢で待機しております」

 

これを聞いて、リーハルトは兄王リウォードと顔を見合わせた。


「だそうだ」

「さすがにそつがないことよ。そなたの姫もそうだ。美しい顔をして首尾抜かりなく、“円船”なる巨大な空飛ぶ船を城の真上に置いていきおった。あれでは否が応にも目に入る。明日の夜明けには、スライセンは大騒ぎになるだろう」

「よかったですね、呼び集める手間が省けて。王の声明が届きやすいじゃないですか」

「ひとごとのように申すでない。そちにも手伝ってもらうぞ。それでロキス殿、“円船”への乗船はいつからできるのだ」

「いますぐにでも」

「ではいますぐに」

 

リウォードは息子を手招いた。


「左手を出しなさい」

 

 ディックランゲアが従うと、中指に金細工の王印の指輪が嵌められた。


「父上、これは」

「私は民のもとへ参る。そして一刻も早い退避を促さねばならぬ。

 禍の兆候がないまま、住み慣れた家も土地も捨てよとただ命じるのでは無理がある。

 多くの者が容易には決断しかねよう。ましてやこの地に我ら王家の者がとどまるとあれば、尚更だ。

 私は王として、民を説得にいく。そなたの母も連れていく。いや、他な血縁者も身体の空くものは全員駆りだす。

 そなたは王城に残り、己が務めを果たせ。石竜(ゼ・フロー)が飛び立ったと同じく、“盾”も発射しよう。そのとき地下施設もろとも、王城は粉砕せねばならない。

 未来に負の遺産を微塵も残してはならぬ。

 それが我ら王家に課せられた最後の義務、ジリエスター公の第三の指令だ。そなたはこれを遵守しなければならない。できるな?」

「はい」

「その指輪は私が不在時、代理としてのそなたに全権威があることを示す証だ」

「はい」

「それからこれも」

 

 ダァナ妃が息子の掌にそっと握らせる。

 それを見て、ディックランゲアは眼を瞠った。


「正妃の指輪です。王に次ぐ地位を示すものです。もし相応しい方がいるというのならば、お渡しなさい。それはあなたの妻になる女性のもの――よいですね」

「……確かに、お預かりいたしました」

「頼むぞ」


 父と息子はひた、と互いを見据えた。

 指先に力のこもったリウォード王の手が肩におかれる。

 王子ディックランゲアは首肯して、決意のこもった声で言った。


「微力なれど、身命を賭すと誓います」


 運命の瞬間まで、残り一日半。

 時読みが開始された。



 王族か、時読みか。副題を迷いましたが、王家の方々が頑張るので、王族に。

 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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