愛することを知っている
とうとう100話です。
ここまでお付き合いくださいました皆様、ありがとうございます。
物語は大詰めです。どうか最後まで、よろしくお願いいたします。
満座を相手に淡々とたたみかけるオルディハの勇姿を、遅い昼食をとりながら、“方舟”の食堂でモニターしていた超越者たちがいた。
ベルナンロッサとローダルソン、ライズジェガール、ミュルスリッテ、カッシュバウアー、ティルゲスター、スレイノーンは調達してきた食べ物を飲み食いしながら、軽口を叩き合う。
「人間は変わらねぇなあ」
「何千年経とうと進歩がない。いや、この先何万年経とうとあのままかねぇ」
「相変わらず愚かで、参っちゃうネ。『なんとかならんのかね』だってサ。いつまで経っても他力本願、自己中心的。ヤダヤダ」
「愛しいねぇ」
「ぶっ」
「……なんだって? 正気か、ベルナンロッサ」
「正気さ。だってそうだろう。九千年も過ぎたのに、人間は人間だ。私たちの知る時代の頃からちっとも変ってやしない。およそ身勝手で、強欲、目先の利益重視で、無知」
「褒めてないぞ」
「だけど、愛することを知っている。そうでなければとっくの昔に滅びていただろうさ。こんなちっぽけな、種としては最弱といってもいいほど、なんの力もない。たぶん、何万年、何十万年経とうと、人間はあまり変わらないだろうよ。つまらないことで右往左往して生きている」
「……愛を胸にかね?」
「おや、いいこと言うね」
弾ける笑い声。
「そうね……もし、この“方舟”でひとを守ることができたら、いつかまた、私たちも逢えるかしら」
「おいおい、俺たちはまだ死ぬって決まったわけじゃないぞー。今回はー、生き延びることを前提に甦ったわけでー」
「私ゃ、それでかまわんよ。守りたい男がいるんでね、助けられるなら、なんでもやるさ」
「うわぁ、のろけてるヨ。それって、はじめてリュカオーンがここに来たときに一緒だった細くて背が高い、賢そうな男だよネ。当たり? 当たりでしょ? やっぱりネー、ベルナンロッサに気がありそうだと思ったんだヨ、目つきが悪くてサ!」
「スレイノーン。おまえさん、いっぺん締められたいんだろう。医術師様を敵に回すと恐いと、誰も教えなかったのかい?」
「うわわわわ」
「あ、博士」
「賑やかだね」
「それが聞いてくださいよ――」
他愛のないひとときの中にあってさえ、破局を告げる星脈の鼓動を誰もが感じていた。
“方舟”の上空では、常時四人が交代で星脈の監視についていた。
次第に弱く収束していく脈動は、大爆発が間もない前兆だ。
先日より予知見の二人、ゾルベット・ローとナインツェールが交感室より、出てこない。
なにかあったのだろうが、知らせはまだない。
オルディハの指示で作業分担し、既に家族や親類縁者を先として、“方舟”への乗船を誘導開始していた。
食糧や水の積み込みも同時進行で、連日ごったがえしている。
忙しさに紛れることなくひろがる、緊張感。
終焉の時は――近い。
日没後、世界会議は終了した。
一時混乱したものの、懸念したような騒動は起きなかった。
王たちは一国につき一円船が配備されることに安堵と感謝をし、また半信半疑ながらも来るべき大天災への対応を約束して、召集と同様、超越者たちによって円船ごと送り届けられていく。
オルディハは会議場を出たところで、エルジュを呼びとめた。
「オランジェ」
漆黒の王が振り返る。
赤の魔法使いヒューライアーを従えているため、恐れをなして、他の誰も近づこうとはしない。
エルジュはヒューライアーへ向けて先に行け、と指示した。赤の魔法使いの姿が消える。
「会議ではありがとう。助かったわ」
「ああ」
「それと、これ。返すわ」
差し出されたのは“真実の書”。
「読んだのか」
「読んだわ。博士の記録文書って聞いたけど、本当ね。ゲイアノーン研究所や研究内容のことまで細かく書かれている。それに、裏表紙に内蔵されていたプレートだけど、解凍してみた?」
「いや」
「時間がなくて全部は開けなかったんだけど、すごいわよ。目録を見た限りでも、ロスカンダルの防衛機構やゲイアノーン建設時の製図、博士の研究内容、遺伝子解析、魂魄回帰、地球探査、外惑星研究、その他諸々あるけど――“方舟”と“盾”の項目だけ、眼を通したの」
そこでオルディハは言い澱んだ。
「……“盾”のコントロール・ルームとキー・プレートについては、未記入だったわ。ただ、その所有権がある者についてだけ触れていた。私はこの国の政治機構がどうなっているのか知らないし、よくわからないけど、聖徒殿って確かもうひとりのエンデュミニオンが所属している組織じゃなかった?」
「奴が主長だ」
「そんな……でも、だったら“方舟”には……このこと、エンデュミニオンやリュカオーンは知っているの?」
「――リアリがなんだって?」
文字通り空間より降ってわいたカイザが語気猛々しく訊ねた。
素早くエルジュの手が抱えるものに眼を留める。
「そりゃなんだ」
エルジュは答える代りに放って寄こした。
「読むがいい」
「でも――」
オルディハはなんと言えばいいか言葉に詰まって、手を固く握りしめる。
エルジュは素っ気なく続けた。
「ひとには役目というものがある。それぞれがそれぞれに個々の義務を果たすだけだ。或いはすべてを放棄したとして、誰にそれを責められる? いまこの危機においては、己に忠実になればいいだけのこと――私はそうする」
カイザがどういう意味だと追求する前に、エルジュは踵を返して消えた。
悪態をつきながら、カイザはオルディハに向きなおる。
「で、リアリがどうしたって?」
「ごめんなさい、私からもなんて言っていいかわからない。ともかく、それを読んでちょうだい。あとのことは、あなたの判断に任せる」
「っくそ、なんだよ。思わせぶりだな」
「それより、どうかした? あなたいま休憩中のはずでしょう」
「エイドゥと交信が取れない」
「ゾルベット・ローと? 彼は交感室にいるはずでしょう?」
「だが遅すぎる。もう一昼夜経った。なにもなければ一度出てきて報告があるはずだ」
「それはそうね。わかったわ、すぐ戻る。一度リウォード王にご挨拶申し上げようと思ったのだけれど――ローテ・ゲーテの円船のこともあるし――」
「円船なら今頃シュラが届けているし、王のもとにはリアリがいってる。リアリにはライラとマジュヌーンがついていて、心配いらない。そっちは任せておけよ」
そこへ突然、イズベルクが現れた。
険しい形相にオルディハとカイザもさっと緊張する。
「どうした」
「博士が倒れた」
「なんですって。容体は」
「悪い。ベルナンロッサが看ていたんだが、ちょっと眼を離した隙に治療の途中で行方をくらましたんだ。いま皆で捜索中だが、見当たらない。それに」
「なんだ」
「星脈監視の連中から一報が入った」
「なんて」
「エコーレ山が噴火する」
イズベルクはじれったそうにオルディハとカイザの腕をむずと掴み、糾合した。
「九千年前は、一度食い止めた。だが今回の規模はそんな比じゃない。大噴火だ――この辺り一帯もすべて溶岩流にのみ込まれる。それだけじゃすまない。連鎖反応で――」
カイザが既に転移しながら、呟いた。
「“道”も破裂する」
次話、最終話です。
実はまだ、ラスト・エピソードを思案中。気力を絞って、この長い物語の決着をきちんと決められればと思います。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。