惹かれているから
まずは、王子VSラザ。
長いので、続きます。
アンビヴァレントにて、アンビヴァレントの面子は、ロキスによるルクトール語の講習を受けていた。
「でもぉ、そんなに簡単に見つかったらぁ、警備隊なんていらないですよねぇ。って、いまの台詞をルクトール語でなんて言うんですかぁ?」
と、パドゥーシカ。
「まだ捜索を開始してたったの四日目じゃない。まだまだ、これからこれから。って、わたしのいまのをルクトール語ではなんて言うのかしら?」
と、ベスティア。
「しかしうちのお嬢が四日も粘って見つけられねぇってンなら、そいつ、カスバの住人じゃあねぇンじゃねえの? って、ルクトール語で訳してくれ」
と、グエン。
「そうですねぇ。一応、“当たって”いそうなひとは全員招集しましたからねぇ。それがみんな“外れ”となると、残るはラザ様とカイザ様とレニアス様とエイドゥ様とキースルイ様とこの私くらいでしょうか。と、ルクトール語でなんと言うのです?」
と、ナーシル。
「このカスバで見つけられないのなら、スライセン全域に捜査範囲をひろげるだけよ。いいこと、草の根分けても捜し出すの。アンビヴァレントの看板にかけて、見つかりませんでした、じゃすまされないからね。って、いまの言葉をルクトール語に訳すとどうなるの、センセイ?」
と、リアリ。
ロキスは受付カウンターに片手をついて寄りかかったまま、呆れたように、はーっと息をついた。
「……あんたがたには感心するよ。よくこんな仕事の合間に片手間に勉強して覚えられるもんだ」
リアリはぶつぶつ復唱しながら、こともなげに言った。
「いつもこんなもんよ」
「そうそう。耳で聞いて、覚える。口に出して、覚える」と、グエン。
「実戦で使うんだから、実地で覚えないといけませんもの」と、ベスティア。
「文字はぁ、そのあとで憶えるんですぅ」と、パドゥーシカ。
「自分で喋ることを片っ端から文字変換していくんです。うちのお客様は世界各国からみえられるので、こちらも言葉がわからないでは商売あがったりなんです」と、ナーシル。
あとをリアリが引き取る。
「ましてやいまは再来月に世界会議が開催されるでしょ? 外国の観光客と視察のための訪問客とで、このスライセンはごったがえしているわ。うちはほぼすべての国の言語を操れるスタッフが常駐してるから、こんなときは重宝されて、たいがい忙殺されるの。でもみんなデートの時間は削りたくないから必至よ」
「でも稼ぎ時ですよねー。わたくしお金大好きだから忙しいのは苦じゃないです。それにルクトール語ははじめてですけどぉ、イール語とちょっと発音とか単語とかかぶってますね。大丈夫です、いつも通り覚えられますよ。そうそう、わたくしが一番に覚えたら、お嬢様、褒めてくださいね!」と、パドゥーシカ。
「まあな。儲けるときに儲けないとな。通訳はいい金になる。ってわけで、いまの会話をルクトール語に訳すとどうなんの?」と、グエン。
そこへ、団体で来店があった。
俄かに騒々しくなる。
即座に、皆、立ち上がる。
「いらっしゃいませ、お客様。今日はどのようなご用件ですか」と、ベスティア。
「……忙しそうだな」
王子ディックランゲアはフロアの一角にあるリアリの専用机に近づいて声をかけた。
“アンビヴァレント”の扉を叩いてから四日が経っていた。
この短期間で、王子は様々な常識を覆され、悪目立ちするという理由から、呼び名と振るまいと恰好と言葉づかいを微修正され、更には、カスバにおける“条件に合う該当者”およそ八百名と面会した。
リアリが顔を上げる。
相変わらず黒い半仮面をつけている。
今日は山吹色に装っていた。
「お疲れ様です、ディーク様。その憔悴したご様子ですと該当者なし、のようですね」
「まだ何名か残っているが、いまのところはいないな。せっかくリストアップしてもらったが、残念だ」
「その数名でだめでしたら、今度はスライセンを洗います。必ず期日までには見つけてみせます。お任せを。それはそうと、お茶でもいかがです? きちんと毒見いたしますので」
「はは」
ディックランゲアは笑った。
支配人ナーシルが椅子を手前に引いてくれたので、それに座る。
「……毒味は必要ない。私は君を――君たちを、信用している。これほど無茶な条件での捜索を引き受けてくれただけでもありがたいのに、仕事が早いことには驚かされる。それだけ真剣に取り組んでいるということなのだろう。稼業の方も忙しそうなのに、私の用件を優先してくれるとは、本当に感謝している」
「仕事ですので」
ディックランゲアは、お茶の支度にかかるリアリの立ち居姿を背後からじっと眺めた。
「見ないでください」
「え?」
「視線を感じます。そんなに見られていると、やりにくいです。心配しなくても、変なものは入れません」
「いや、そういうわけじゃ……ただ、きれいな立ち姿だな、と思ってみとれていた」
ぴくっ、と僅かに身体の線が揺れる。
おもむろに、リアリが振り返った。その両眼が険しく細められている。唇は横に固く結ばれ、どうも怒っているようだ。
「なぜ睨むのだ?」
「褒められるの、嫌いなんです」
「どうして」
「私の恋人は嫉妬深いんです。そんなセリフをうっかり聞かれようものなら、いったいあなたさまがどんな目に遭わされるか……とにかく、やめてください」
ディックランゲアは最後まで聞いていなかった。
どういうわけか、リアリに恋人がいると知って、衝撃を受けていた。
「ディーク様?」
はっとする。
あわてて、表情を取り繕う。
否、取り繕おうとして、ひっかかる。
自分でも複雑なふうに顔が歪むのがわかった。
平生を装えない。
……惹かれているからだ。
自分の心の欲求に眼を向けると、ごまかしようもない。
リアリのつけている仮面を剥ぎ取りたい。
素顔が見たい。
本当の意味で、普段の顔が見たい。
いや、もっと単純に――。
会いたい。
ディックランゲアはこの四日というもの、欠かさずに、自ら城下町足を運んだ。
報告書を届けるという申し出を断ってまで、赴いた。その理由を追求することもなく、いまのいままでいたのだ。
が、わかってみれば簡単なことだった。
「……しかし、どうにもならないのに」
自分には婚約者がいて、相手には恋人がいる。
胸に焼けるような痛み。
己の呟きが余計に身にしみる。
「大丈夫ですか?」
曖昧に、首肯する。
さりげない笑みとは程遠い、ぎこちない微笑を浮かべて、「なんでもない」とディックランゲアは本音を呑みこんだ。
「ただ……君の恋人はどんな男かと思って」
「僕です」
まったく不意に背後から声が降ってきたので、王子はびっくりした。
振り向くと、聖徒殿の白と青の聖服聖帽姿の背の高い男が仁王立ちで立っていた。
惹かれてはいけない相手に惹かれてしまう。
そんな経験、ありませんか?
続きは今日中に上げたいと思います。
よろしくお願いいたします。
安芸でした。