04.予想と違う婚約者 ※アレクシス視点
今日、王都から俺の妻となる女性がやってきた。
名前はモカ・クラスニキ。子爵家の次女で、彼女は治癒魔法が使える〝聖女〟だった。
ピンクブロンドの長くて美しい髪に、晴れた日の空を映したような青い瞳が印象的な、可愛らしい女性。
こんなご令嬢がなぜ俺のような男に嫁ぐため、たった一人でやってきたのだろうか。
彼女を目の前にして、その疑問が膨れ上がった。
どうせ何か理由があって嫌々やってきたのだろうと思っていた俺は、予定通りに用意していた言葉を並べてみた。
しかし彼女は、「なぜそんなことを言うの?」と言いたげな顔で、俺の予想を裏切る反応を示した。
彼女が語った言葉が本心であるならば、彼女はとても変わった女性だ。
「――また彼女のことを考えているのか?」
「ノア」
その日の夜。書類仕事を片付けながらも、落ち着きなくモカ・クラスニキのことを考えている俺に、辺境騎士団副団長であるノア・ガウターが溜め息をつきながら言った。
「珍しいな、おまえが女性のことをそんなに気にするのは。彼女はそんなに美人だったのか?」
「違う! ……いや、美人であることを否定したわけではないが、そうではなく……」
「はは、俺も会いたかったなぁ。ちょっと街に出てる間に到着していたなんて。今から会いにいってこようかな」
「彼女はもう部屋で休んでいる。また今度でいいだろう?」
「ぷっ……、冗談だよ。別に聖女様なんかに会いたくないし。だが、おまえのその怖い顔を見たんだ。今夜逃げ出すかもしれないぞ?」
「だから……、その様子がまったく見られなかったから、俺は驚いているんだ」
カラカラと軽く笑いながら、ノアは目尻を指で持ち上げて俺の顔真似(?)をした。
からかわれているのはわかっている。
ノアは俺と同い年で幼馴染の、優秀な騎士。いつも長い赤髪を頭上で結い上げている。
騎士団の中では華奢なほうだが、ノアを舐めてかかると痛い目を見る。剣の腕はまさに〝最強の騎士団〟の名に相応しいものなのだから。
「それに、彼女は「聖女として役に立つ」と言ったんだ。彼女はスペアと言われていたようだが、治癒魔法を使えるし、回復薬も作れると」
「へぇ、それは驚いた」
「だろう? 俺を恐れて調子のいいことを言っているようには見えなかった……。俺が思っていた〝聖女〟とは、随分イメージが違う」
「おまえも噂されている男のイメージとは相当違うけどな」
「……勝手な噂など放っておけばいい。俺たちは俺たちの使命を果たすだけだ」
「そうそう。わかってくれる人だけ、わかってくれればいいというわけだ。おかげで面倒な縁談話も来ないし、不幸になる女性を一人減らせると思っていたわけだし?」
「……まぁ、その予定だったのだが」
しかし彼女はここに来てしまった。俺に嫁ぐために。
……かわいそうな娘だ。
跡取りは、いずれ親戚筋から養子をとればいいと思っていた。……いや、彼女と子供を作る気はないから、今もそう思っているが。
彼女はまだ、この地がどんなところなのかよくわかっていないのかもしれない。
きっとそのうち、「やっぱり帰りたい」と言い出すに違いない。
だからそのときのために彼女には指一本触れる気はないし、その後も不自由のないよう金を用意してある。
「まぁ、とりあえずいきなり泣き叫ぶような娘じゃなくてよかったな。案外本当におまえの妻になるつもりだったりして」
「……まさか」
くくく、と笑いながら紡がれたノアの言葉に、一瞬動揺する。
想像していた聖女は、とても我儘で傲慢な女。しかし、彼女は俺が想像していたような女性ではなかった。
まっすぐに俺を見つめ、明るくはきはきとしゃべり、期待に瞳を輝かせているように見えた。
俺も一瞬、この娘となら普通の夫婦になれるのではないかと、心が揺れた。
――しかし、そんな期待をしてはいけない。
スペアといえど、彼女は〝聖女〟だ。
俺たちがどんなに大変なときでも、大勢の怪我人が出たから至急回復薬が欲しいと求めても、まったく動いてくれなかった女だ。
今更「回復薬を作りましょうか?」なんて言われても、遅い。
「だが、どうして今更おまえに嫁ぎにきたんだろうな。何か罪を犯して、用済みにされたとか?」
「……さぁ」
彼女はもともと、第二王子のヴィラデッヘ殿下と婚約していたらしい。
だが殿下は姉のほうと結婚することになり、彼女との縁談話が俺のもとに来た。
今更聖女の片割れを寄越すなんてどういうつもりだと思ったが、〝治癒魔法が使える、一応聖女だから。彼女に癒やしてもらえ〟と、まるで物でも扱うかのように、ヴィラデッヘ殿下の手紙には書かれていた。
仮にも自分の婚約者だった女性への対応とは思えない、酷い言葉だった。
本当に、彼女が何か罪を犯したのだろうか……?
とてもそうは見えなかったが。
それに彼女は、〝聖女は疲れた〟とも言っていたな。あれは、どういう意味だろう?
辺境騎士団の助けを無視するような聖女が、疲れるほど働いていたとは思えない。
少しの労働でさえ耐えられなかったということか?
……いや、ならばこんなところに来るはずがない。
「ここでは好きにしていいと伝えたが、念のため様子を見る。君も何か気になることがあればすぐに報告してほしい」
「わかった」
なぜか楽しそうに口角を上げたノアに、俺は内心溜め息をついた。
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