38.いい夢を見ましょう
「……」
「一晩中一緒で嬉しいと、純粋に喜んでくれている君を……俺は穢してしまう」
「…………!」
そこまで言わせて、初めてどういうことかわかった。
これでも一応、淑女教育は受けている。
「あ……っ、でもその、私たちは結婚する仲ですし……いえ、そういうことじゃないですよね……、何が言いたいのかというと……ええっと…………」
一人赤くなっているアレクシス様をフォローするつもりで口を開いたけれど、墓穴を掘っている気がする。
「わかってくれただろう。こんな男に情けは無用だ。この部屋は君が使ってくれ」
結局上手い言葉が見つからず、あたふたしてしまった私に、アレクシス様は気を取り直したように息を吐くと、部屋を出ようとした。
「私は構いません……!」
「……!」
それに焦った私は考えなしに叫び、彼の手を両手で強く掴んで引き止めた。
「……モカ」
「…………」
本当は、その覚悟はまだできていないけど。
でも、アレクシス様をこのまま部屋から追い出すことなんてしたくない。
「大丈夫です。一緒にいてください、アレクシス様」
「……」
とにかく、アレクシス様一人を外で寝かせるなんて、できない。
ただ強くそう思って、彼を引き止めた。
その後は必要以上に会話することなく、互いに寝支度を整えた。
「――それじゃあ、寝ようか」
「はい……!」
そして、先にその言葉を口にしたアレクシス様は、ヴェリキーでの一人部屋に置いてあるものよりも小さなベッドに身を入れた。
「……」
改めてアレクシス様が入ると、そのベッドがとても小さく見える。
たぶんそこまで小さなベッドではないと思うけど……アレクシス様が大きすぎるのか、私が意識し過ぎているせいでそう見えるのか……。
とにかく、私もその隣で寝るとしたら、身体が密着するのは免れないのではないかしら……。
それを考えると、さすがにドキドキしてきて、私の身体は石になったみたいにカチンと硬直した。
「……モカ」
「!」
私がこんな態度を取ってしまったら、またアレクシス様が部屋を出ていこうとしてしまう……!
彼の呼びかけにはっとして顔を上げたら、アレクシス様は私と視線を合わせて優しく微笑んだ。
「おいで?」
「…………っはい」
そして、布団を持ち上げて私を迎え入れてくれる。
カチカチと、ぎこちない動きで遠慮がちにベッドの端に腰を下ろした私は、アレクシス様に背中を向けながらうるさいくらいにドキドキと高鳴っている鼓動を抑えるよう、胸に手を当てた。
「そんなところにいたら、落ちてしまうよ」
「……!!」
もう、この後はどうしたらいいのかわからなくなっていた私に、アレクシス様は背中から手を回し、私の身体を優しく包み込んだ。
彼の温もりがすぐ後ろにある。寝間着のせいか、いつもよりその温度が近くに感じる。
「あ……」
そして、緊張で頭が真っ白になっている間に、いつの間にか私の身体は優しくベッドに横たわっていた。
「モカ……」
頭を撫でるように、優しく髪に触れていた手をゆっくり下に滑らせていくアレクシス様。
男らしい大きな手は、私のすべてを包んでしまうのではないかと思ってしまうほどで。
胸元が緩い寝間着からは、色っぽい鎖骨とたくましい胸板が覗いている。
男性なのに、とても色気のある人だわ……。
どこを見たらいいのかわからず、私は不自然に視線を彷徨わせてしまう。
「君は本当に可愛いな」
「……!」
なんて考えていたら、真上にいるアレクシス様に小さく笑われてしまった。
何か言い返したいけれど、全然言葉が出てこない。そんな余裕なんてない。
「モカ」
「……」
返事もできずにアレクシス様の視線に応えていると、彼の大きな手が何かを訴えるように私の頰を撫でた。
これは、キスしてもいいかということかしら……?
そんなアレクシス様の金色の瞳があまりにも美しくて。この瞳に見つめられていたら、すべてを彼に委ねてしまいたくなってくる。
アレクシス様となら、私は――。
「……大丈夫。君がベッドから転がり落ちないよう、俺がしっかり抱きしめているから。安心して眠って?」
本当の意味で覚悟を決めかけた私の額に優しく口づけて、アレクシス様は囁くようにそう言った。
「ですが、アレクシス様は……」
先ほどアレクシス様は、「何もせずにはいられない」と言っていた。私だって、その意味がわからないほど子供ではない。
「大丈夫。それ以上に俺は君を大切にしたいから。大丈夫」
「……」
けれど、まるで自分に言い聞かせているみたいに二回〝大丈夫〟と口にしたアレクシス様に、私の頰がほころんだ。
「ふふ、わかりました。それでは遠慮なく、私もアレクシス様にくっついて寝ますね」
「……ああ」
そんなアレクシス様が愛おしすぎて。
私のほうからぎゅっと彼に抱きつけば、一瞬ぴくりと身を後退された気がするけれど……きっと気のせいね。
今夜はきっと、いい夢が見られるわ。




