34.すべて終わって
馬車で王都に入ると、そこはいつもの街並みではなかった。
いつでも人が多く賑わっている歓楽街はシン――と鎮まり、閑散としている。
みんな避難しているのだと思うけど……どうか無事でありますように。
王都を守っている騎士団の方に合流すると、安全な道から王宮へと先導してくれた。
王都を襲っていたのは、ブラックタイガーの群れらしい。
大きくて獰猛な、虎のような魔物。
通常群れない種族のはずだけど、数を成して襲ってきているのだとか。
けれど、バジリスクに比べると下級の種族になる。
だから魔物討伐に慣れている辺境騎士団にとっては、苦戦するような相手ではない。
それでも対魔物を相手にした実戦経験が少ない王宮騎士団にとっては、苦戦を強いられる。
王都が襲われて数日が経っているし、怪我をすぐに治せる回復薬が足りていないというし……。
「数が多いのは少し厄介だな。モカ、君も長丁場になることを覚悟しておいてほしい」
「はい」
移動中に詳細を聞き、アレクシス様は表情を引きしめた。
既に怪我を負っている騎士も多いようで、やはり回復薬が足りないとのことだった。
私も持ってこられるだけの回復薬は持ってきたけれど、これでは数が足りないかもしれない。
バジリスクのときのように、私がなんとかできたら――。
魔物に遭遇することなく王宮に到着した私たちは、そのまま陛下に謁見することになった。
「――よく来てくれた。とにかくすぐに君たちの力を借りたい」
アレクシス様は陛下を前に頭を下げ、形式的な挨拶をしたけれど、陛下は急ぎ口を開いた。
よほど切羽詰まっているのが見て取れる。
「王宮騎士団のほとんどを討伐に向かわせたが、何せ魔物の数が多い。火を放っても奴らにはほとんど効果がないし、城を燃やすわけにもいかない。バジリスクをも討伐した〝最強の騎士団〟に、なんとかしてもらいたい」
陛下の隣で、宰相が早口に言った。
それを聞いたノアさんは不服そうな顔をしているけれど、陛下の前だ。さすがに大人しくしている。
けれど。
「陛下! お逃げください!! ブラックタイガーの群れが城門前の広場まで迫ってきています……!!」
話の途中で、慌てたように従者が謁見の間に入ってきた。
それを聞き、みんな一斉に窓の外へ目を向けた。
「これは……」
城門前の広場には、とても大きな黒い塊。
「あれがすべて、ブラックタイガーの群れ……?」
「まずいな」
数十匹はいる。さすがに一匹一匹倒していては、切りがない。
「陛下……!」
宰相は陛下に逃げるよう声をかけたけれど、陛下は群れから目を離さなかった。
その表情には恐れの色も窺えるけど。
「……民を見捨てて逃げることなどできまい。私も最後まで戦う」
「!」
陛下はもう、知っているんだ。
軍の指揮を執っていたヴィラデッヘ様が、辺境騎士団に回復薬を送らなかったこと、それどころか他国に売りさばいていたことを。
きっと、末の息子がしでかした狼藉をそのままにするつもりはないのだろう。
責任を取って、命をかけて戦うつもりなのね。
アレクシス様やノアさんたちも、私と気持ちは一緒だと思う。
何も言わなくても、目を見ればもうわかる。
「……――」
「モカ……?」
あのときは無我夢中で、自分が何をしたのかもよくわからなかったけれど。
でも、本当に私が真の聖女なら……大聖女ほどの力があるのなら――。
〝どうかこの国を……みんなを守って――〟
目を閉じ、胸の前で手を組んで、強く祈った。
「な、なんだ……、この光は!?」
「君は一体……」
陛下や宰相がざわついている声が耳に届いたけれど、アレクシス様が静かに制してくれたのがわかる。
私にはアレクシス様がいる。辺境騎士団の皆さんがいる――!
そう思った途端、あのときと同じように胸の奥が熱くなるのを感じた。
そして、目を閉じていてもわかるほどの強い光が私を中心に広がっていった。
「陛下……! 見てください、魔物の群れが……!」
「……なんということだ」
そっと目を開けると、今にも城門を越えてきそうだったブラックタイガーの群れが、ばたばたと倒れていくのが見えた。
「君は一体……何をしたのだ……?」
宰相が驚きに目を見開いて私に問う。
「彼女……モカ・クラスニキ嬢は真の聖女ですよ」
「なんと……!?」
その問いに答えたのは、アレクシス様だった。私の隣に来てくれて、私を庇うように少しだけ前に出て。
「しかし、モカ嬢は聖女カリーナのスペアだと聞いているが……」
「今のを見ても、彼女がただのスペアだと思いますか?」
「……っ」
「よい」
宰相にそれ以上言葉を紡がせないよう、陛下が手を前に出した。
そして私の目を見つめ、なんとも言えない表情を浮べた。
すべてを察して悔やむような、申し訳なく思っているような。
きっと、言いたいことがたくさんあるのだと思う。
そんな思いが、陛下の視線から伝わってくる。
「モカ……!!」
そのとき。静寂に包まれた謁見の間に、カリーナの高い声が響き渡った。
「お姉様……、ヴィラデッヘ様……」
入り口へ目を向けると、そこには驚きに目を剥いて固まっているヴィラデッヘ様と、瞳に涙を溜めている姉が立っていた。
「ああ……モカ、モカ……、帰って来てくれたのね……!」
まっすぐ私に向かって走ってきたカリーナは、目の前まで来ると膝から崩れ落ちるように転び、床に手をついたまま言った。
「ごめんね、モカ……っ、ごめん……なさいっ……!!」
「お姉様……」
こんなに泣きじゃくって、素直に謝罪の言葉を口にするカリーナは、初めて見た。きっと、本当に辛い思いをしていたのだと思う。
「ああ……そんな……まさか、本当にモカが真の聖女だったとは……」
その後ろでは、ヴィラデッヘ様が魂が抜けたような白い顔で呟き、そして叫んだ。
「モカ、僕はカリーナに騙されていたんだ……! どうか僕のもとに戻ってきてくれないか!?」
「……!」
自分をあっさりと見捨てたヴィラデッヘ様に、カリーナは忌々しげな視線を向けた。
「僕は最初から君のことが好きだった! しかし僕という婚約者がいながら君が兄上に色目を使っているだとか、仕事をカリーナに押し付けていると聞いて……! すべて嘘だったんだな!? ならば僕ともう一度……!!」
本当に、なんて勝手な人なの。私のことだって、彼は全然見ていなかったのに。
だから私がカリーナに仕事を押し付けているという嘘を信じてしまったのでしょう?
アレクシス様なら、絶対そんな言葉は鵜呑みにしない。
「モカ、僕は今でも君のことが……!」
焦ったように私に駆け寄り、手を伸ばしてきたヴィラデッヘ様だけど。もちろん私にその気はない。
私の旦那様は、アレクシス様ただ一人だから。
「お断りしま――」
「今更何を言っているのですか?」
大きく息を吸って、はっきりお断りしようとした私の前に出て、言葉を被せたのはアレクシス様だった。




