33.ごめんね、モカ ※カリーナ視点
彼はもう、私の話をまったく聞く気がないらしい。
回復薬を勝手に売りさばき、それがばれて焦っているんだ。
私のことなんて、まったく考えてくれていないのね。
「なんとか言え、カリーナ! 上級回復薬はどのくらいでできる!?」
ヴィラデッヘ様の声が直接頭に響いて、痛い。
頭痛と疲労で、目眩がする。
「おい、カリーナ!!」
「……嫌です」
「なんだって?」
「回復薬は、作れません」
「はあ?」
まるで無能な部下に対する態度。彼は私のことをなんだと思っているのかしら。
婚約者?
聖女?
……それとも、回復薬製造道具?
ふるふると小刻みに震える唇をぎゅっと噛み、じわりと込み上げてくる涙を堪えて、私はヴィラデッヘ様をキッと見上げた。
「私はもう、疲れてしまったのです」
「なにを、我儘な……!」
ヴィラデッヘ様は、私のことなんてどうでもいい。
私のことはまったく見ていない。
そう、わかった。
「国の一大事なのだぞ!? 今働かずに、いつ働くというのだ!!」
「私はもう無理なのです!! これが私の精一杯です! これまで私たちをこき使っていたくせに、回復薬を取っておかないからいけないのです!!」
これまでの鬱憤を吐き出すように、私は叫んだ。
「し、しかし……、これまで君は一人であの量をこなしていただろう!?」
「……これまではほとんどモカが作っていました。私は、ヴィラデッヘ様と結婚したくて……嘘を、言いました」
「なんだと!?」
ヴィラデッヘ様は一瞬怯んだように見えたけど、私の告白を聞いて驚愕に声を上げた。
もう、私も終わり。どんな罰が下されるかわからない。
でも、ヴィラデッヘ様だって悪いのよ。
モカが作った回復薬を取っておかないから。勝手に売ってしまうから。
「一緒に陛下に謝りましょう……?」
「馬鹿なことを言うな!! 謝ってどうにかなるはずがないだろう!? 君も僕も終わりだ! ああ、なぜ僕はこんな女の言うことを信じてモカを追い出してしまったんだ……!!」
「……っ」
ヴィラデッヘ様はもう、昔のような優しい目をしていない。
とても憎い者を見るような冷たい目で私を睨んでいる。
やっぱり、もともと私のことは好きじゃなかったのかしら……。
「大変です、殿下! 魔物が城に迫ってきています……!」
「くそ……、どうすればいいんだ……!」
また新しく、一人の騎士がそれを伝えにやってきた。
魔物が襲ってきている。
罰を受けるどころか、もうみんな死んでしまうのかもしれないわね。
ざまぁないわね。
いつの間にかモカの力が想像以上に大きくなっていたなんて、知らなかった。
子供の頃は、確かに私のほうが魔力が多かったのに。
でも、唯一の姉妹であるモカのことを、私もちゃんと見ていなかったのね。
……モカは、今頃どうしているかしら。
私の手紙は読んでくれたかしら?
読んでいても、私なんかのために来てくれるとは思えないけど。
それにモカだって、冷血漢で有名な男のところに行ったのだから、自由に帰ってこられないのも、わかってる。
あの子には悪いことをしたわ。
辛すぎて、自ら命を断つなんてことになっていないといいけれど。
私たち双子は聖女と言われて、ずっと国のために働いてきた。
その結果が、これ?
聖女になんて、なりたくなかった。
親はお金しか見ていないし、自由なんてなかった。
でもモカだって同じだったのに、妹一人に仕事を押し付けた罰が当たったのね。
ごめんね、モカ。許してなんてもらえないだろうけど……。
もう、この国は終わりだから。一緒に終わりましょう。
〝――私は諦めないわ!!〟
「……!」
すべてを諦めて、ふと目を閉じたとき。
モカの声が頭に飛び込んできて、なぜだか懐かしい記憶が蘇った。
あれは確か、私たちが聖女として登城してすぐの頃――。
魔物に襲われて大怪我を負った騎士を助けてほしいと、私たちは王宮の救護室に呼ばれた。
まだ子供だった私たちの前に、血まみれになって苦しんでいる騎士がいて。
私とモカは、これまで作った回復薬を抱えて、一生懸命治癒魔法を使った。
けれど力及ばず、その騎士を助けることはできなかった。
〝聖女のくせに……、どうして助けてくれないんだ!!〟
その騎士は、高位貴族の子息だった。
父親は私たちを責めたけど、私たちはまだ子供だし、聖女になったばかりで魔法学だってこれからだった。
そんな私たちを責めるほうがお門違い。
私は自分にそう言い聞かせたけれど、モカはいつまでも落ち込んでいた。
『仕方ないじゃない。聖女だって、万能じゃないわ』
日が暮れてもずっと図書室で魔法学の本を読んでいたモカを迎えに行ってそう声をかけたけど、そのときモカはこう言った。
『私は諦めない。この先、あの人のように命を落とす人が出ないように……一人前の聖女になって、絶対に助ける!!』
――逃げていたのは私だった。
いつだって、モカは聖女としての使命を果たそうと、努力していた。
モカは〝スペアの聖女〟なんかじゃない。
真の聖女は、モカだわ――。
本当にごめんね、モカ。
「ヴィラデッヘ殿下!」
それを悟ったそのとき。
転がり込むような勢いでやってきた従者が、今にも泣いてしまいそうな顔で叫んだ。
「モカ様と辺境騎士団一行が到着されました――!!」
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