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03.アレクシス・ヴェリキー様

「君は聖女だと聞いている。こんなところに来ずとも、王都でもっといい相手と結婚することもできたはずだが――」

「聖女は、疲れました」

「――なに?」

「いえ、失礼しました。真の聖女は姉だったようです。私はもともとスペアでしかないですし、これからは姉一人で十分だそうです」

「……そう、なのか」

「はい」


 私の言葉に、アレクシス様は眉をひそめた。


 危ない危ない。思わず「疲れた」と心の声を漏らしてしまった。

 いくらスペアでも、私だって一応聖女。

 これからはこの危険な地、ヴェリキーで聖女としてやっていくつもりなのに、誤解を生むところだったわ。


「……本当に君がいいのなら、俺は構わないが。だが、嫌になったらいつでも言ってくれ。まずは婚約期間を設けるし、結婚後でも離婚の手続きはスムーズに行えるよう尽力する。その後は君が今後困らない額の金も用意する」

「えっ」

「……なぜ驚く」


 再び用意されていたかのようにそう言ったアレクシス様の言葉に、私は目を剥く。


「そんなことをすれば、次から次にあなたと結婚したいという方が押し寄せてしまうだろうなと思って……」

「そんな女性は来ない」

「なぜです?」


 はっきりと言い切るアレクシス様に、私は首を傾げる。

 こんなに素敵な方なのだから、引く手あまただと思うけど。


「いくら金に困っていたとしても、命を投げ捨ててまで来たいと思う貴族令嬢はいないからだ」

「命を投げ捨てる?」

「そんなことにはならないよう努めるが、みんなそう思っている。君以外(・・・)の、みんながな」

「そうなのですね。……でも、アレクシス様は素敵な方なので、お金なんて関係なく嫁ぎたがる女性も多いと思いますけど」

「……は?」


 思ったことを言っただけなのに、今度はアレクシス様が驚いたように目を見張り、口をぽかんと開ける。


 ……こんな表情もするのね。


「俺が、素敵?」

「はい。……?」


 私、おかしなことを言ったかしら?

 アレクシス様は眉をひそめて、まるで私に疑いの視線を向けているような表情をしている。


 そんな険しい表情も素敵だけど。


 もしかして、ご自分の顔を鏡で見たことがないの?

 そう思いながらまっすぐ見つめ返したら、アレクシス様の頰がほんのりと赤く染まったように見えた。


「……とにかく、俺は君が仕方なく嫁いできたのだとわかっている。だから、夫婦らしいことを望むつもりはない。この結婚に、愛はない」


 気を取り直すように咳払いをして、また用意されていたかのような言葉を紡ぐアレクシス様。


「愛のない、結婚……」

「ああ、そうだ。もちろん寝室も別々だ。君はここで好きにしてくれて構わない」

「えっ」

「だから、なぜ驚く」


 仕方なく嫁いできたわけではないけれど。でも今、好きにしていいと言った?

 それは、どういうこと……?


 私が一応聖女だから、辺境騎士団の団長であるアレクシス様と愛のない結婚をするのはわかる。これはある意味政略結婚。


 けれど、好きにしていいというのは……よくわからない。私は聖女として、この辺境騎士団をサポートするためにやってきたのだから。


「あの、好きにしていいというのは、具体的にはどういうことでしょうか? 一日のノルマが課せられるけど、それが終われば休んでもいいということですか?」

「はあ? なんのノルマだ?」

「姉のスペアと言われてきましたが、私にも治癒魔法が使えます。回復薬も作れます。……ですから、騎士団の皆さんのお役に立てることがあるかと」

「気持ちはありがたいが、君に何かしてもらうつもりはない。俺たちはこれまでも自分たちの力でこの地を守ってきた。今更王宮や聖女に……、期待はしていない」

「ええっ!?」

「……なんだ、その反応は」

「失礼しました」


 はっきりと言い切ったアレクシス様の瞳が、ぎらりと光った。

 それはまるで私を……誰も寄せ付けないような、冷たくて悲しい輝きだった。


「だからこれからもそうする。君に何か困ったことや要望があればいつでも聞くが、それ以外は俺も忙しいから、構っていられないんだ」

「……わかりました」


 もちろん、アレクシス様の邪魔をするつもりはない。

 でも、今のアレクシス様の言葉がなんとなく引っかかる。


〝王宮や聖女に期待はしていない〟


 彼は少し悲しそうな目でそう言ったけれど、私はこれまで国のためにたくさんの回復薬を作ってきた。

 それはもちろん、この辺境騎士団にも届けられていたはずなのに……。

 彼らは命をかけてこの地を魔物から守ってくれているから、そんなことは当たり前だと思っているのかしら?


 ……ううん。なんとなく、それとは違う違和感があった。それに、アレクシス様はそういう傲慢な方には見えない。

 確かにとても冷たい雰囲気はあるけれど、本質は違うような気がする。


 もしかして、回復薬はこの地に届けられていなかったのでは――?


「……君もかわいそうだな」

「え?」

「いや。話はこれで終わりだ」


 あり得ない仮説が浮かんだとき。アレクシス様が独り言のようにぽつりと呟いた。

 けれど問い返した私から目を逸らすと、話を切るように立ち上がり、執務机に戻っていった。


 邪魔にならないよう、私はその部屋を出たけれど……。

 本当に、私はここで自由にしていいの……?


 扉の前で改めてそれを考え、一人胸を弾ませた。


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