22.この想いの行く先は ※アレクシス視点
「俺はモカのことが好きだ」
ピクニックから戻り、モカを自室へ送り届けてきた俺は、執務室のソファに座って心の声を漏らした。
「……俺に告白されても」
ちょうどそこに入ってきたノアが溜め息をついたが、俺は構わず自分の気持ちを吐露し続ける。
「彼女は優しくて清らかでとても愛らしい女性だ。帰りの馬車では彼女の肩に寄りかかって休んでしまったが……とても癒やされた。これであと十日は寝ずに仕事ができそうだ」
「ふーん。さすが聖女様」
それにしても、まさか女性に対してこんな感情を抱く日が来るとは思わなかった。
彼女が湖に落ちそうになったときは驚いたが、身体が勝手に動いていた。俺はモカに傷一つ負わせたくないと思っている。モカのことがとても愛おしく、大切だ。
濡れて肌に張りついた髪を取ってやろうと、彼女の頰に手を触れたときは、そのなめらかであたたかい感触に、思わず手が離せなくなってしまった。
そして、水に濡れているモカに、色気を感じてしまった。もっと彼女に触れたいと思った。冷えてしまった身体を抱きしめ、あの小さくてやわらかそうな唇にキスしてみたいと――考えてしまった。
「……くっ」
「相当重症だな」
あのときのモカを思い出し一人悶える俺に、ノアは引き気味に「大丈夫か?」と呟いた。
「それにしても、随分仲良くなったんだな」
「ああ。俺の妻はもう、モカ以外考えられない」
「へぇ」
俺がどれだけ本気かようやくわかったのか、ノアは少し真面目な表情で俺の向かいに座った。
「モカは俺の気持ちをわかってくれただろうか……」
「気持ちを伝えたのか?」
「ああ、伝えた」
「へぇ、伝えたのか……」
「なんだ?」
俺の返答を聞いて意外そうに目を見開き、声を漏らすノア。
「おまえのことだから、結局伝えられずに終わるだろうと思っていた。すまない、見直したよ」
「俺だってやるときはやるさ」
少し得意気に答えると、ノアは小さく笑みを浮べながら言った。
「そうか、それじゃあ正式な夫婦としてやっていくんだな。おめでとう」
「え?」
「……? なんだよ」
しかし、ノアから返ってきた言葉には、俺が首を傾げる。
「気持ちは伝えたが、そうと決まったわけではない。これからだって、彼女が嫌になればここを出ていってくれて構わないと思っている。……そうはなってほしくないが」
「は?」
そして今度は顔をしかめて少し大きな声を上げると、身を乗り出す勢いで聞いてきた。
「なぜだ? 彼女もおまえの気持ちに応えてくれたんだろう?」
「いや、それは聞いていない」
「はあ? 普通、応えるだろう? 私も好きだとか……せめて、嬉しいとか!」
「ううん……。だが、〝私も〟というのはおかしいだろう? 俺だって別に好きだと言ったわけではないし」
「……好きとは言ってない?」
「ああ」
「じゃあ、なんて言ったんだよ? 気持ちを伝えたんじゃなかったの?」
なぜだかイライラしている様子のノア。正直、ノアにそこまで教えてやる義理はないのだが、こいつがあまりにも疑いの目を向けてくるから、仕方なく教えてやることにする。
「俺には〝大切な人がいる〟と」
「……まさか、それだけか?」
「ああ。だが、彼女の目を見つめて、手を握りながら伝えた。それに……手の甲に口づけた。俺の気持ちは届いているはずだ」
「……」
どうだと言わんばかりに言ったが、ノアからは盛大な溜め息。
「おまえ……それでは、ちゃんと伝わっているかわからないぞ」
「……なんだと?」
「せめて〝その大切な人はあなただ〟と言わなければ」
やれやれ……と息を吐きながら呆れたように頭を抱えるノア。
「しかし俺たちは結婚するんだ。どう考えても俺の大切な人など、モカ以外にいないだろう?」
「彼女の知ったことか! まだここに来て日も浅いんだ。おまえには他に大切な女性がいると思われていても、おかしくないぞ?」
「なに!?」
それはまずい。俺が好きなのはモカだ。他の女性なんて、存在しない。
「では、はっきり〝好きだ〟と伝えるべきなのか……。そういうものなのか……」
「やっぱりおまえには無理か。しょうがない、俺が協力してやろう――」
「いや。俺が自分でちゃんと彼女に伝える」
ノアが何か言いかけたが、それはだめだ。俺は自分でこの気持ちを伝えたい。この気持ちは俺にとってとても大切なものだから。だからこそ――。
「……大丈夫なのか?」
「もちろんだ。この気持ちを言葉にすればいいのだろう? 今の俺は溢れ出るこの気持ちを止められないほど、モカのことが好きなのだから、とても簡単なことだ」
「……」
彼女がどんな反応をするかはわからないが、俺はきちんと自分の口でこの気持ちを伝える。
それにどうせ、遅かれ早かれ、もう我慢できなくなるだろう。
今だって、既に理由もなくモカに会いたい。モカに触れたい。この手で抱きしめたい――。
そう、強く想ってしまっているのだから。
善は急げだ。すぐにこの気持ちを言葉にしてモカに伝えようと、早速俺は彼女の部屋へ向かった。
しかし、その途中。
「――え!? 振られた!?」
なんとも縁起の悪い言葉が俺の耳に飛び込んできて、思わず足を止めた。
「おまえたちは両想いじゃなかったのか?」
「そう思っていたのだが、どうやら俺の一方的な想いだったらしい……。彼女はただ騎士である俺の存在に感謝していただけで、他に好きな男がいるんだとか……」
「気の毒に……」
「それを俺は、彼女に好意を寄せられていると勘違いして、告白してしまった……。彼女はとても困った様子だった。もう、これまでのようには会えない」
……勘違い? もう、これまでのようには会えない……?
部下の騎士たちが話しているそんな会話に、俺の身体を嫌な汗が流れる。
「こんなことになるなら、気持ちなんて伝えなければよかった……そうしたら、せめてこれまでのように笑って彼女と話せたのに……」
「しかし、父上に「帰ってきて家業を継げ」と言われているんだろう? どうするんだよ」
「ああ……心に決めた相手がいると言ってしまった……二日後に父が会いに来てしまう……」
「…………」
困った様子で頭を抱えている部下の事情も気になるが、彼が先ほど放った言葉が俺の頭の中をぐるぐるぐるぐると何度も巡った。
想いを伝えることで、これまでの関係が崩れるということがあるのか……?
「そんな……」
モカの笑った顔が頭に浮かぶ。
〝アレクシス様!〟そう、俺を見て嬉しそうに笑っている明るいモカが、俺は好きだ。
しかし、モカも俺の想いを聞いたら困ってしまうのだろうか……。
俺たちの結婚に愛はなく、夫婦らしいことを望むつもりはないと、最初に伝えている。
だからモカは、安心して俺と接してくれているのではないだろうか。
そうなのだとしたら、俺の気持ちを押し付けることが彼女にとっていい道だとは言い切れないな……。
もしもあの笑顔をもう二度と俺に向けてくれなくなってしまったら……俺はきっと、彼女がここに来る前の自分に戻ってしまう。
「モカを困らせてしまうなら……この想いには蓋をしたほうがいいのだろうか」
彼女とのデートが楽しすぎて、俺は少し調子に乗っていたかもしれない……。




