18.ちょっと心配です
翌日のお昼過ぎ。
「――焼き上がりましたよ」
「わぁ……!」
調理場をお借りして、私は早速ティモさんと一緒にクッキーを焼いた。
「いい匂いですね」
「うん、いい具合に焼けていますし、きっと団長も喜んでくれますよ」
「ふふ、そうだといいなぁ」
アレクシス様に髪留めのお礼がしたくて。料理上手のティモさんにお願いして、クッキーの作り方を教わった。
少しでもアレクシス様の疲れを癒やせますように……!
そう思いながら一生懸命作った。
アレクシス様、喜んでくれるかしら。
それから粗熱が取れたクッキーを包んで、アレクシス様の執務室に向かった。
ドキドキしながら扉をノックしたけれど、今日はいないみたい。
途中ですれ違った騎士に尋ねると、アレクシス様は外の訓練場にいるとのことで、私はそちらに足を向けた。
「――踏み込みが甘い。それから、もっと相手の動きをよく見て先を読め」
訓練場が見えてくると、アレクシス様の威厳のある声が私の耳に響いた。
「団長、ありがとうございます!」
「よし、次!」
「はい……っ!」
騎士服の上着を脱ぎ、腕まくりをして剣を握っているアレクシス様は、真剣な表情で部下に稽古をつけていた。
向かってくる部下の剣を受け止め、弾き、また受け止めては何か助言をしている様子。部下の騎士は必死に見えるけど、アレクシス様は息一つ乱さず、余裕そう。
私から見たら、部下の方も十分早くてすごいのだけど……。
「どうした、その程度か?」
「く……っ、うりゃああああ――!!」
大きく剣を振り上げ、アレクシス様に向かっていく部下。
真剣を使っているようだし、危ない……! そう思って手に力を入れたけど、アレクシス様は私の目では追えないほどの速さで部下の剣を弾き飛ばした。
「……」
「勢いはいいが、それだけでは命を落とすぞ」
「……はい」
すごい……。これが騎士の、実戦稽古なのね……!
私はアレクシス様が戦う姿は見たことがないけれど、彼は間違いなくかつて最強の騎士団と言われた軍の騎士団長様なのだと、実感する。
なんだかとても胸がドキドキするわ。
「――あれ? モカさん」
「あっ……」
少し離れたところでその様子を見ていたら、一人の騎士が私に気づいて名前を呼んだ。
「訓練中にすみません」
「いや、大丈夫だ。少し休憩にしよう」
アレクシス様がすぐに近づいてきてくれて、皆さんにそう声をかける。
「あの、よかったらこちらを……」
「これは……クッキーか? 君が作ってくれたのか?」
「はい。お口に合えばいいのですが」
「ありがとう。とても嬉しい」
アレクシス様はそう言ってやわらかく笑った。先ほどまでの真剣な表情とのギャップに、私の胸はぎゅっと締めつけられる。
「どうした? 顔が赤いが……」
「いいえ! なんでもありません!!」
そんなアレクシス様をじっと見つめてしまっていた私は、心配そうに顔を覗き込まれて、さっと目を逸らした。
「クッキーですか。いいですね~、美味そう」
「あ、よかったら皆さんもどうぞ」
「いいんですか? ありがとうございます!」
ちょうど休憩のようだし、皆さんにも食べてもらいましょう。ティモさんと一緒に作ったから、味は問題ないはずだし!
「うん、美味しい!」
「疲れたところに甘いものは嬉しいですね!」
「ああ、本当に美味い」
皆さんもアレクシス様も、喜んでくれた。
「それにしても団長はすごいですよね」
穏やかな空気に、一瞬ここが魔物の出る危険な地であるということを忘れてしまいそうになっていた。そんな私の耳に、騎士の一人が放った言葉が届く。
「全然休んでいないのに、こうして俺たちに稽古までつけてくれて。ありがたいですけど、ちゃんと寝てますか?」
「そんなことは心配しなくていい」
「モカさんの回復薬も、もったいないとか言ってまだ飲んでないんですよね? どれだけ体力が余ってるんですか!」
「そうそう、でもあまり無理すると、倒れてしまいますよ?」
皆さんも、稽古中と違って和やかに笑っている。団長であるアレクシス様にこうして気さくにものが言えるのも、アレクシス様の人柄だと思う。彼らはとても厚い信頼関係で結ばれているから。
でも……。
「アレクシス様、あまり眠れていないのですか?」
「大丈夫だ、君が心配することではない」
「……」
アレクシス様はそう言うけれど。きっと、この後も執務室に戻って仕事をするんだろうなぁ……。
私と街に行った日も、予定よりたくさん時間を使わせてしまったし……。
「回復薬、栄養ドリンクだと思って飲んでくださいね? またいくらでも作りますから」
「ありがとう。だが、このクッキーのおかげで元気になった」
そう言って、アレクシス様は「さぁ、稽古を始めるぞ」と皆さんに声をかけたけど。
本当に、ゆっくり休まなくて大丈夫かしら?
私は少し心配。




