17.嬉しい訪問
「この間のアレクシス様とのデートは、本当に楽しかったわ」
アレクシス様にもらった犬のぬいぐるみ――アックンは、私の大切なお友達になった。
一日の終わりに、私はその日あった出来事や、今考えていることをアックンに話してから寝ている。
「アレクシス様はお優しい方だわ。私にも気を配ってくださるし、本当に素敵な人なのよ」
アックンはぬいぐるみだから何もしゃべらないけれど、私の話を聞いてくれているように見える。心の内を話せる友人がいない私にとっては、とても嬉しい贈り物だった。それに本当に可愛いし。
「あんなに素敵な方が私の旦那様になるのね……」
独り言のように呟きながら、数日前のデートを思い出す。
……正確にはデートじゃないってわかっているけれど、いいの。私の中では、あれはデートよ。デートなんてこれまで一度もしたことがないから、自分でそう思うくらいはいいわよね?
旦那様となる相手と素敵なデートをした。私はこの思い出を胸に、アレクシス様との愛のない結婚を受け入れる。
アレクシス様の迷惑になることはしたくないから。
――コンコンコン。
「少しいいだろうか?」
「はい……!」
ベッドに寝そべりながらぼんやりとアレクシス様のことを考えていたら、突然その人の声が聞こえた。
一瞬、幻聴かと思いながらも返事をして立ち上がり、髪を手櫛で整えてから扉を開ける。
「アレクシス様……珍しいですね、どうかされましたか?」
「もう寝るところだっただろうか? 突然すまない」
「いいえ! どうぞお入りください!」
「失礼」
アレクシス様が私の部屋を訪ねてくるなんて。どうしたのかしら……!
それに、こんな時間に二人きりだなんて……少しドキドキしてしまう。
そんな気持ちに気づかれないよう、平静を装ってアレクシス様をソファに促し、向かい合って腰を下ろす。
「可愛がってくれているのだな」
「あ……っはい! アックンは私の大切なお友達で、大好きです!」
彼から注がれた視線に、アックンを抱いたままアレクシス様を迎え入れていたことに気づいた私は、アックンをぎゅっと抱きしめた。
「そ、そうか……。気に入ってくれているのならよかった」
するとアレクシス様は少し恥ずかしそうに目を逸らし、こほんと咳払いをした。
「これを持ってきた」
「まぁ、なんでしょう」
そして差し出された小さな包み。中を覗くとそこにはジャムの載った焼き菓子が入っていた。
「わぁ……美味しそう。いただいてよろしいのですか?」
「ああ、隣町に行っていた部下からの土産だ」
「ありがとうございます!」
早速お茶を淹れて一緒にいただきたいけれど……時間も時間だし、今度にしたほうがいいかしら?
「君は、甘いものは好きか?」
「はい、大好きです」
「そうか。では、また機会があったら甘いものを取り寄せよう」
「ありがとうございます。ですが、ご無理なさらなくて大丈夫ですよ」
そうだわ、今度私も調理場をお借りして、お菓子を作ってみようかしら。
「無理などしていない。いつも頑張ってくれている君への礼だ」
真剣な眼差しを向けているアレクシス様のその言葉に、嘘偽りは微塵も感じない。
「アレクシス様は本当にお優しいですね」
それでつい、心の声が漏れたみたいにそう口にしてしまった。
そうしたら、アレクシス様は私から視線を逸らして「そんなことはない……」と呟いた。
何か失礼なことを言ってしまったかしら……?
「……ところで、最近はどうだ?」
「どう、とは?」
「体調に変化などはないか? 回復薬作りも続けてくれているようだが、疲れが溜まっていないか?」
「特に変わらないですよ。……少しずつしか作っていなくてすみません。必要でしたら、ペースを上げることも可能です!」
「いや、十分だ。作ってくれるだけで感謝している。それに、これまで俺たちは聖女の回復薬なしでやってきたし、君が来てから魔物に大怪我をさせられた者もいない」
「そうなのですね」
この、危険な辺境の地に回復薬が届けられていなかったというのは本当に不思議だけど、怪我人がいないのはよかったわ。
それもきっと、皆さんが優秀だからでしょうね。
「……君は毎日料理を作ってくれているだろう?」
「はい」
「そのとき、回復薬を作っているときのように、魔力を込めていたりするか?」
アレクシス様の窺うような視線に、私は一瞬言葉を呑み込んだ。
料理に魔力を?
「……いいえ、さすがにそこまではしていませんが……どうしてですか?」
「いや……そうだよな」
いくら私が聖女だとしても、そんなことをすれば魔力を使いすぎて倒れてしまう。
そんなことができたらとても素晴らしいとは思うけど、さすがにそこまではできない。
だから正直に答えたら、アレクシス様は何かを考えるように顎に手を当てて唸った。
……そんな表情も素敵だわ。
「料理や家事をして、疲れていないか?」
「はい、楽しくお手伝いさせてもらっていますよ」
「そうか……。負担ではないのなら、いいのだが」
「はい。……?」
何か言いたいことがあるようだけど、なかなか核心に迫らないアレクシス様に私は首を傾げた。
すると、そんな私を見て「ああ……」と言い淀んだ後、アレクシス様は決心したように口を開いた。
「君の回復薬の効果もあると思うが、料理を手伝ってくれるようになってから、騎士たちの力が増しているんだ」
「え?」
「君の回復薬を飲んでいない俺も以前より楽に働けている気がする。だから、君が食事にわざわざ魔力を込めているのかもしれないと思って」
「そんなことができたらいいとは思いますが、さすがに……」
「もしかして、無自覚にやっているのでは?」
「私はスペアの聖女です。そんなことはできないと思いますし、やったとしても魔力がなくなって気づきます」
「そうだよな……いくら聖女でも、そんなことをしていれば自分が倒れてしまう」
「そうですよ」
アレクシス様の言う通り、王宮では働き過ぎて倒れる寸前だった。私にそれくらいすごい力があったら、王宮でももっと簡単に回復薬を作っていたはず。
「……わかった。こんな時間にすまない」
納得したかはわからないけれど、アレクシス様はそう言うと小さく頭を下げてから立ち上がった。
「いいえ。またいつでもお待ちしてます!」
「……え?」
「あ……、なんでもありません」
危ない。面倒な女だと思われてしまうところだったわ。
不思議そうにこちらを向いたアレクシス様に、誤魔化すように微笑んで。彼を扉までお見送りした。
でも……、アレクシス様とたくさんお話ができて本当に嬉しかった。
「君も、もし体調に変化が出たらすぐに言ってくれ。それから、くれぐれも無理はしないように」
「はい!」
だから、またいつでもこうして訪ねてきてほしいというのは、本音。




